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scenario1

主人公が変わります。あいも変わらずなんちゃって関西弁

 馬鹿みたいな恋をしていると思う。絶対に、むくわれることはない、恋を。

 俺の朝は、携帯アラームと四台の目覚まし時計が鳴らす爆音で始まる。

  設定時刻は決まって朝の四時。朝日が昇るか登らないかという時刻だ。母親からも父親からも二つ年下の妹からも、挙げ句の果てには愛犬の三四郎からも苦情しかこない朝の迷惑な恒例である。

  一応、雑貨店で買ったそれなりの値段の防音シートを俺の六畳の部屋の壁一面に貼ってはいる。しかし、市販の防音シートでは四台プラス一台の奏でるハーモニーには遠く及ばず。効果はイマイチだ。

  家族からは常々、バイブモードにしろだとか音量を下げろだとか言われているのだが、寝汚いと評判の俺がその程度で起きることはできない。

  ちなみに、俺の学校は自宅から自転車で三十分程度にあるそれなりの高校であり、朝の四時に起きる理由はとあることを除いてない。

  五分おきになり出すアラームを一つ一つ止めては二度寝し、最後の一台を止めてようやく目覚める。我ながらはた迷惑だと思う。

  四時に鳴らしておきながら完全に目をさますのはその三十分後というのも苦情の一つだ。

  さて、そんな俺がこんな時間に目覚める理由。それは親には勉強のためと偽っているが、本当のところはとある人物と会うためである。

  家の中で飼ってる柴犬の三四郎(今年で九歳)に首輪をつけリードをつなぎ、いつのも散歩コースを歩く。

  散歩コースは普通に歩いて十分程度の道で、神社の脇を通り墓地の横を通り抜け、この街の(数少ない)観光名所の【駒寄山】の遊歩道となっている塗装された道を歩く。というのがここら辺の地元民がよく使う散歩コースだ。(このコースはよそから観光に来た人も通るらしい。)

  墓地の多い土地柄ゆえ、いたるところに彼岸花が咲いている。これを不気味と言う人もいるが、幻想的だと言う人もいる。俺はどうとも思わないけれど。

  一方、俺はその墓地の少し入り組んだところにある公園にいつも俺はわざわざ通っている。その公園は滑り台と砂場しかない公園だ。他にあるのは、錆びて今にも壊れそうなベンチぐらいだ。

  そんな何もない公園に、いつも【その人】はいる。俺の母校とは違う中学の制服に身を包み、ただ立っているだけの人。彼岸花の花が咲き乱れる、墓地に隣接した公園。ひときわ目立つ大きな楓の木の下に、【その人】はいつも立っていた。

  「おはよう、チヒロ。」

  目的の人物に笑顔で挨拶をする。その人は…チヒロは、俺を見るやいなや昨日と同じように顔をしかめた。

  「今日も、きよったの?」

  関西弁の独特なイントネーションが、俺の鼓膜を揺らす。

  「まあね。」

  そう言って、俺はチヒロのとなりに立つ。三四郎がチヒロにむかって「ワンワン!!」と吠える。歯をむき出しにして、威嚇するかのように吠える三四郎に「こら。」と叱りつけ、チヒロに向き直った。

  「なんで、いつも来るの…。」

  チヒロが、『いつものように』ギロリと俺を睨みつけた。

  「チヒロに会いたくて。」

  「わいは、もうけえへんでって、言うたやないか。」

  棘のある口調でチヒロは俺を責め立てた。じろりと俺を見る目は冷たい。

  しかし、俺はマダムキラーと評判の笑顔を浮かべてチヒロに向き直った。

  「嫌だって、昨日も言ったじゃん。」

  俺の言葉にチヒロはわかりやすく嫌悪の表情を浮かべて。「帰れ。」と言う。

  「俺はもっと話したいんだけどね。」

  「わいにはない。」

  しかし俺はめげずにまた笑う。

  「また来るよ。」

  そう言って、未だなお吠え続ける三四郎を引っ張って散歩コースに戻った。

  「もう、けえへんで。」

  いつのもように、チヒロが俺に向けて言葉を放った。それを、俺は笑顔で受け止める。

  「やだ。」

  悪戯っ子のするような笑い方をして、俺はまた今日も昨日と同じことを言う。かれこれ、チヒロと出会ってから毎日している押し問答。チヒロは毎日本気で嫌そうに俺のことを見て、言葉を吐く。辛くないと言ったら嘘だけど、チヒロがそう言う『理由』を知っているから、笑っていられる。

  「自分のために、言うてんやで?」

  「それは俺の決めることだよ。」

  「アホやないの。」

  「そうかな?」

  言葉をかわすたびに、チヒロの表情は苦しそうなものに変わる。

  くるくると。竹とんぼが落ちるように楓の種が落ちた。

  「…なんで、構うの?…物珍しさ?」

  チヒロが苦々しくそう言った。

  これは初めてだ、と内心喜びつつ俺は言葉を紡ぐ。

  「そんなの、チヒロが好きだからにきまってるじゃん。」

  その返答聞いたチヒロの表情は、悲しみだとか憎悪だとか、嬉しさだとか、苦しさだとか、全部まぜこぜになった複雑な表情を浮かべて、絞り出すような声で言った。

  「…わけわかんない。無理に決まってんやんか。やってわい、もうとっくの昔に死んでるんやけど。」

  幽霊なんやで。とチヒロは言葉を紡いだ。

  そう、チヒロは幽霊だ。地縛霊らしい。

  俺がチヒロに初めて会ったのは、中三の夏。当時、というか今もやっている野球部の大きな大会の二日前だった。

  なんとなく、気分が浮ついて。俺は珍しく早起きをしてしまった。ちなみに、時刻は朝の三時だった。二度寝しようとしたが、二度寝するとかえって起きられなくなるのが俺。そのまま昼過ぎまで寝てしまいそうで、起きたままでいようと、思った。

  そこらへんを走ろうと思ったのはなんとなく。チヒロのいる公園で休憩をとったのも偶然。小学生の頃から通い慣れた公園にポツンと、同い年ぐらいの子どもがいるなんて想像もしていなくて。

  成り行きで空っぽの人形みたいなチヒロの顔を見て。俺はチヒロから目が離せなくなって。虚ろなチヒロの目が、俺を視界に入れた途端輝いて。だけど、苦しそうに揺らいで。

  「…ねぇ、わいが見えてるの?」

  「うん、見えてるよ。」

  多分あの瞬間、俺はチヒロに心を奪われた。

  あれからほぼ毎日公園に通ってわかったのは、俺がチヒロと会えるのは朝の三時から五時の間だけだということ。

  チヒロは地縛霊らしいこと。

  チヒロは…二十五年も前に、死んだらしい。ひき逃げだった、と言っていた。

  「誰に殺されたかも、もう覚えてへんんやけどな。」と虚空を見つめながら。

  悲しそうな目をするチヒロが、どうしようもなく綺麗だと思った。不謹慎だと思う。でも、俺はチヒロが好きになった。頭おかしいんじゃないかってぐらい、好きになった。

  チヒロの名前を聞き出すまで、半年もかかった。毎朝毎朝、通い続けて絆されてくれたと思ったけど…そんな様子は全くない。

  幽霊と人間の恋とか、不毛なのかもしれない。よくある悲哀ものの小説や漫画によく出てくる設定だと思う。

  だけど、そういうのはだいたい実は幽霊の人は生きてた!幽霊しゃなくて生霊だったとか、最後には救いはあるけど…チヒロは、本当に死んでる。

  チヒロに黙って、俺は二十五年前に起きた事件を探した。図書館の新聞を読み返して、見つけたのは残酷なもの。チヒロはたしかに交通事故で亡くなっていた。チヒロの言った通り、ひき逃げだった。あの、公園より少し離れた場所が、事故現場だそうだ。(犯人は逮捕されたが、今は檻の外にいるらしい。)

  その事実を知った時、俺の恋に救いはないと理解した。だけど、チヒロの事は諦められなくて。

  叶わないってわかってるのに、大好きで。

  むしろ、叶わないとわかっているから余計に、燃えた。

  家に帰って、三四郎の足を拭いてリードを外す。(我が家では三四郎はゲージに入れず、基本に家の中を自由にさせている。)

  そのあと、朝飯を食べて、昨日の夜のうちにしわを伸ばしておいたワイシャツに腕を通した。クローゼットを開き、ハンガーにかかった学ランに着替える。

  そして、『相沢高校男子バスケ部』とエンブレムとロゴの入ったエナメルバッグを担いだ。

  「行ってきます。」

 早朝6時半に家を出る。母親の「いってらっしゃい。」と言う声が家の奥から聞こえた。

  朝なのに太陽がとっくに真上にあって、地上を照りつけている。昨日、雨が降ったせいでじわりと蒸し暑い。

  人が全くいない道路に陽炎がゆらりと

  部活動で朝練に来る連中以外いないと気を抜いて、

  「あーあ、どっかにネクロマンサーでもいないかなぁ!ラノベみたいに!!」

  「ぐぁーー!」と唸りながら、叫んだ。なんだか、大声を出さないとどうにかなってしまいそうで。

  もちろん、民家などない山の中で、だ。さすがに、住宅街のど真ん中でこんな頭のおかしいと思われる言葉を叫ぶ勇気など、俺にはない。

  一応ここも東京だけど、都会とはかけ離れた田舎だ。通学路は普通に山の中のギリギリ塗装されたと言える道を通るし、実家の周りも畑だらけだ。

  だから、油断したのだ。こんな時間にこの道を歩く人間が、俺の他にもいることを忘れて。

  「うお!?」

  「うぇ!?」

  突然聞こえた俺以外の声に驚き、変な声が出た。

  (やばい…!誰かに聞かれた!!)

  気を抜いていた。まさか、誰かがこんな朝っぱらから通学路を歩いているとは思っていなかった。『この時間に通学路にいる』ということは、きっと俺と同じバスケ部の部員のはずだ。もしかすると先輩かもしれないし、同い年かもしれないし、後輩かもしれない。どのみち、俺と関係のある人間だろう。

  (これは俺が精神を病んでるとか、思われる…!?)

  頭の中でカチャカチャとパズルのピースがはまっていくような音が聞こえた。もし疑われても、言い訳などできないし説明もできない。部員から監督に話が伝わったら、親にも連絡がいくだろう。そうしたらうちの親は病院に担ぎこむはずだ。たとえ異常なしだと診断されても、「不安だ」といって俺から目を離さなくなるだろう。=(イコール)、チヒロに会えなくなる。いや、会えたとしてもそれを目撃されたらまた病院に担ぎこんで、という無限ループが発生してしまう。

  最悪の事態を想像して、肌の柔らかいところにびっちりと鳥肌が立った。

  恐る恐る振り返ると、そこにいたのは見知った、塩顏の大男がいた。その顔を見て、俺は安堵の溜息をついた。

  「なんだ、桔平か。」

  「なんだとはなんだ!失礼なやつめ。」

  それは、チームメイトで幼馴染の合田桔平ごうだきっぺいだった。桔平は愉快犯で天然ボケでケ・セラ・セラ(なるようになるさ!)が合言葉なお気楽脳をしているから、なんとかごまかせそうだ、と心の中で高笑いをする。

  ちなみに桔平は小中高と同じ学校で、いわゆる腐れ縁(と、書いて親友)である。

  面倒見が良く、ムードメーカーな桔平は小学生の時からポイントゲッターとして活躍していた。ちなみに俺はセンターで、小学生の頃は同じジュニアチームでダブルエース気取っていたりする。

  「で、どうしたんだ?突然ネクロマンサーとか叫びやがって。」

  危ない人かよ。と呆れ顔で至極まっとうなことを言った。

  ちょっとやばいことを叫んだ自覚のある俺が反論することなどできず、視線を彷徨わせた。まさか、本当のことを言うことなんてできず、カラカラに乾いた喉から明るい声をひねり出す。

  「…いやぁ、死者蘇生してみたくて。」

  にへら、と気の抜けるような笑い方をして、「だって、かっこいいじゃん?」と続けた。

  すると桔平はひまわりのような笑顔で「俺は魔法剣士がいい!」と言葉を紡いだ。

  しばらく、そんなファンタジー談義に花を咲かせていると、桔平が事も無げに、俺の心臓ど真ん中に弾丸を放った。

  「でもさ、魔法剣士もネクロマンサーなんて実際にはいねーじゃん?てか、実際いたらこえーし。ファンタジーだからいいんだよ。」

  そう言った桔平の声は、なんの色もなかった。当たり前のことを当たり前に言っている。実際、それが常識だ。それでも、非常識な俺はどうしても、受け入れ難かった。

  俺はひきつりそうになるのをこらえて、にかりと笑った。

  「だよなー…。」

  思いの外、悲痛な声が出た。今、俺はちゃんと笑えているか不安になった。桔平の瞳に映った俺は、俺を馬鹿にするかのようにへらりと笑っていた。それが、無性に腹ただしくて、悔しかった。

  (そうだよな。ネクロマンサーなんて、現実リアルにはいねぇんだ。チヒロと結ばれるのは…無理って、わかってる。)

  当たり前の事実を突きつけられて、息がつまる。生者と死者という壁は、決して壊せない強固な壁で。超えてはならない一線で。だけど、ほんの少しのもしかしたらに期待をしてしまうんだ。

  ぎり、と奥歯を噛みしめる。もし、俺が幽霊だったら、死んでいたら、俺はチヒロと結ばれることはできるのだろうか。…いや、きっと無理だ。幽霊になっても、チヒロはきっと変わらない。

  幽霊は未練に縛られている。チヒロの未練はわからないけれど、俺じゃチヒロの未練を果たすことができない、ということは理解してる。

 空気が水になったようだ。俺だけ、世界に取り残されて、俺だけが水でいっぱいになっている世界にいるようだ。溺れているのではないかというぐらい、息苦しい。はく、と小さく呼吸をする。奥歯で舌を噛んだ。

  「どうした、具合悪いのか?」

  「…いや、大丈夫だ。心配してくれてありがとな〜。」

  いつもより硬い、笑顔を作った。いつもより不自然な声音で言葉を放つ。数歩先を歩いていた合田が振り返る。

  「お前さ、無理すんなよ?俺、お前がいつもギリギリになるまで溜め込むの、知ってんだぜ?

  やばくなったら、ちゃんと俺に言え。」

  「…おう。」

  「うわ、素直なサワってキモいな。」

  「うっせ!」

  そう言って、俺は桔平が俺の頭を軽く叩いた。俺の荒んだ心を見透かされているようで、居心地が悪い。でも、なぜか嬉しいと思った。

  「そいやぁさ、今日の英語の宿題やった?」

  桔平が太陽を背負う。逆光で顔がほとんど見えなかった。初夏の太陽が目にしみた。

  「あー、やってねー。お願い合田!ノート見せて!」

  「えー!俺の写すなよ!」

  あはは、と男子高生らしく笑う。胸のつっかえなんて知らないふりをして、俺は笑った。空は灰色に染まっていた。まるで、俺の心のように。

 

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