ちょっとした答え合わせと異世界におけるべっこう飴のカリスマ性について
異世界(恋愛)は婚約破棄されたり悪役令嬢したりするヒロインだらけなのに対して、現実世界(恋愛)は、気がつけば平凡な俺が学園一の美少女その他とハーレム状態で困ったなーがけっこうな割合で存在するのが、なんか不思議だったんですね。
でも考えてみたら、なろうにおける男主人公のファンタジーものって、平凡だったり非凡だったりする俺がTUEEEEしてハーレムを築くまでがワンセットなので、わざわざ恋愛カテゴリに入れる必要がないのだと最近気づいた。なるほど。
サキが小さな片手鍋で砂糖と水を煮詰めている側で、アルスとナタンはせっせと書類をさばいている。
「それでは、森で我々が“丁重に”ご招待申し上げる案は優先順位を下げるということで」
「どうしてものときの最終手段だな」
べっこう飴は、少し香ばしいくらいのものが好みなので、やや色は濃いめである。
できたての熱々を宙に浮かべ、指の先くらいの大きさのしずく型に丸めてそのまま冷ます。
たくさんの飴がぷかぷか浮いている様子は、なんだかとってもファンタジーだった。
「では勇者様ご一行には、できる限り自力で森を抜けていただくとして――森の砦はどうなさいますか?途中立ち寄られるなら、普段より多目に備蓄を置いておくように指示を出したほうがよろしいでしょうか」
宙に浮いている飴たちはそのまま、メイシーが用意してくれていた次の砂糖を投入して、次の飴を作る。
「いや、そこまでしなくてもいいだろう。むしろ“外”側にある砦は、置いてあるものは全て引き上げて最近使用したって痕跡を残さないようにしておいてくれ」
「たしかに、“魔王軍”の拠点があまり“外”近くにあると不安を与えてしまいますか」
「まあそういうことだ――ああでも、古い藁とか布くらいは置いといても大丈夫か」
砂糖が煮えた端から形を整えて浮かべ、冷えて固まったものは作業台の上に置いた木のボウルに放り込む。
ぱらぱらこんこんと、屋根に落ちるアラレみたいな音が鳴った。
「ずいぶん大量に作るんだな」
今度はスモモやベリーを漬けたシロップを入れて色つき飴を作っていると、仕事が終わったらしいアルスがサキの横にやってきた。
「新年のお祝い用だから」
そう答えると、なるほどとアルスもうなずいた。
「何か手伝おうか?」
アルスの口に飴をひと粒つまんで入れ、それならとサキはできあがった飴の山を指差す。
「もう少しで作り終わるから、包むの一緒にやってくれる?」
「もちろん」
場所を食卓のテーブルに移し、アルスだけでなくナタンとメイシーも一緒に、小分けにした飴を包む作業にとりかかる。
この国では、新年のお祝いにちょっとしたお菓子や小物を、家族や知りあいに贈り合う習慣がある。
サキが贈る予定にしているのは、マーサ夫婦やジョンおじさん、工房のみんなやミナちゃんたち薬草取り仲間にベルーカのお城の人たち――
「……お城のみんなにも渡す予定なのに、メイシーやナタンにまで手伝ってもらうのって、いいのかしら? ナタンなんて宰相さまなのに」
首をかしげながらそんなことをつぶやくサキに、ナタンとメイシーは、
「そのおかげで、一番に味見をさせていただけるのですから。むしろ役得ですよ」
「その通りですわ、姫様。城の者たちが聞いたら、きっとみんな羨ましがりますわ」
と笑った。
そもそも、王さまに容赦なく手伝わせている時点で手遅れかと思い直し、サキも気にしないことにする――なお、アルスには飴のほかに特製プリンを進呈予定である。
四人でやるとあれだけたくさんあった飴の山も案外あっという間になくなってしまった。
サキは、おじいさんからもらった飴の瓶の隣に、余ったべっこう飴を入れた缶を置いて、うむ、とうなずいた。
「なんとなく聞こえてたけど、勇者のお姉さんが“世界の真実”に気がついたんですって?」
紅茶とミルク、しっかりクルミやアーモンドを入れたタルトを並べながらたずねると、疲れたようなため息が返ってきた。
「ああ、どうやら魔王軍は、圧政を敷いて多くの“善良な”魔族たちを苦しめてるらしいんだ。で、それを勇者様は救ってやりたいんだと」
「あ、うん……」
思わず真顔になってしまう。
さくさくと、タルトを切り分ける音。
「まあとりあえず、魔の森を抜けたがらなかったやつらがその気になってくれたのはありがたいことなんだけど、なんだろう、こう……」
疲れる、とこぼしたアルスの前に、そっと一番大きいひと切れを置いた。
そのまま精神安定剤とばかりに膝の上に連行されるのにも、いっさい抵抗しない。よしよしとアルスの頭をなでる横で、メイシーがサキの分のお茶とタルトをアルスの席に寄せてくれた。
「それで、魔の森を抜けたがらなかったっていうのは?」
いや、たしかに“魔王討伐”とは名ばかりで、その実態は“魔物の間引き大作戦”だというのは知っているのだけど。
「――勇者の召喚や魔王討伐の旅には、当然のことだがいろいろな思惑が絡んでいる」
サキを締め付ける力が緩んだ。
「そういうこともあるだろうと思うわ」
勇者さまを取り込みたいとか権力を拡大したいとか、きっと他にもいろいろあるのだろう。
「そのためには、勇者が本当に魔王を倒してしまうよりも、適当なところで切り上げて魔の森の討伐は成功と大々的に宣伝する――を定期的に繰り返すほうが都合がいいってことだな」
「まあ……魔王さまを一回倒してしまったら、そのあと定期的にあらわれてくれるかわからないものね」
呆れ声でサキはうなずく。
それにしても――
「そんなお兄さんたちをあっさり心がわりさせちゃうなんて、愛の力って偉大ね」
「ああ。偉大すぎて胸やけがしそうだよ」
そうぼやいて、アルスはタルトを口に入れた。
胸やけしているところに、ナッツのタルトは重たかっただろうかとサキが反省していると、
「あいつらのことなんてどうでもいい――いや、どうでもよくはないけど今はいいんだ」
とアルスは強引に話題を切り替えにかかる。
「明日なんだろう、顔合わせ。準備は大丈夫なのか? 着ていくものとか持ってくものとか」
後ろを向きやすいように斜めにサキを座らせ、心配そうにきいてくる様子に、つい笑ってしまった。
「なあに、アルスったら。まるで遠足前の小学生のお母さんみたいに」
ぴしぴしとアルスの前髪をつまんで引っ張る。
「いや、だってなんか緊張するっていうか、ナタンの家族はみんないい人だって知ってるけどさ、それでもやっぱり不安になるっていうか……」
「もう、わたしじゃなくてアルスが緊張してどうするのよ」
「陛下、心配はご無用ですよ。うちの両親も、姫にお会いできるのを楽しみにしておりますから。別にとって食われたりなぞしませんって」
ナタンは、まったくしょうがないと呆れ顔でため息をついた。サキもくすくす笑って、
「大丈夫よ。明日は特に手土産を持って行ったりもしないし、服はメイシーたちが用意してくれたもの」
ねえ、とメイシーにうなずきかける。
「ええ、ええ。わたくしどもが腕によりをかけてお作りした自信作ですわ。明日のことは万事おまかせくださいな、陛下」
どこか得意気にメイシーが答えると、アルスは愕然とした様子でサキとナタンたちを交互に見比べ、そんな、とうなだれた。
「え、じゃあつまり、そんな自信作なサキがいるってわかってるのに、俺はその現場に立ち会えないってことなのか……? あれ、俺一人だけ勇者どものお守り……?」
「アルス、なんか文章が変だわ、あと、わたしの新しい家族との顔合わせなんだから、別にアルスがそこにいる必要はないと思うの」
いよいよ明日に迫ったセニエ家との顔合わせは、あまり堅苦しくないほうが双方気楽だろうと、お城の一室を借りて昼食会という形で行われることになった。
ナタンやおじいさんもいるし、会話に詰まって気まずい空気になるなんてことは、おそらくないだろう。
(ちゃんと仲良くなれるといいな)
結局このあと、タルトとお茶のおかわりを進呈し、夜にもう一度新しい服を着て見せるという約束をすることで、アルスは明日も勇者パーティーの一員として鋭意努力することに同意するのだった。
答え合わせはこれでだいたい60点ってとこかな。
異世界に行くとみんなべっこう飴を作り出すの法則。
いろいろ作り方はあるけれど、こむるは小さな鍋でぐつぐつ煮てます。あと、煮てる最中はかき混ぜない派。
材料:
・砂糖 60グラム
・水 大さじ1
作り方:
・砂糖と水を鍋に入れ、しばらく放置してなじませる。
・鍋を中火にかける。全体がしっかりとけるように静かに鍋を傾けたりはするけどかき混ぜない。
・大きな泡から小さな泡になって、端からうっすら色がついてきたら、鍋を傾けて全体が均一な色になるように混ぜる。
・お好みの色で火を止め、型やアルミカップ、クッキングシートなどに流して固める。
メモ:
・グラニュー糖が望ましい。なければ上白砂糖。
・水加減はしっかり煮詰めさえすればわりと適当でも大丈夫。
・火を止めたあとも余熱で色が濃くなっていくので、気持ち薄めで、型に流す作業は手早く。
・100均なんかに売ってるシリコンの小粒チョコレート型を使うと便利。表面がざらざらしちゃうけど。
・クッキングシートに丸く流したりアルミカップに入れたところに、固まらないうちにつまようじを置くと棒つきキャンディーのできあがり。危なくないように先を切ったりするといいかも。
・でも、お子が小さいときはつまようじキャンディーよりも、ティースプーンに飴を流し入れて固めたほうがなめやすくて見てる方も安心かも。
・金属っぽい感じが苦手なら、陶器製のスプーンを使う。
・鍋について固まった飴は、こむるは水を入れて煮とかしてミルクティーにしている。あ、そんなの常識でしたか、はい。




