水とクッキー1枚は容赦してもらえるそうです
今回のお話には、残酷な描写が含まれます(主に頭頂部的に)。ご注意ください。
異世界主人公のみなさん、無双してますか?
でも無双って、本来は天下に並ぶものがないほど優れている人や物事って意味のはずなのですが……。
天下無双の強者とか技とか、そんな風に使う言葉であって、敵をばったばったとなぎ倒す、まさに向かうところ敵なしというのは、むしろ一騎当千の活躍ではないのでしょうか、こむるはとても気になります。
あ、いえいえ、ちゃんとこれがゲームの無双シリーズに由来する使い方だって知ってますよ。でも、日本産の主人公が使うのならともかく、いわゆる現地主人公さんが無双という単語を動詞として使うのは違和感があるというか、あ、でも異世界言語を我々の言葉にわかりやすく翻訳されたものだと思えば納得も……ま、そもそも“無双する”って表現がこむる苦手だから無理ですね。
少なくとも自分で使うことはないでしょう。だからどうしたシリーズでした。
迫り来る魔王軍の驚異に対抗すべく勇者の召喚が行われ、近く討伐に旅立つのでお披露目のパレードをすると発表があったのはパレード当日の五日ほど前。
その少し前からどこからともなく流れてきた噂で、今代の勇者があらわれ近くお披露目があるらしいとなんとなく知っていた王都の人びとは、勇者一行を目にしようと大通りに繰り出している。
サキが通っている工房でも、パレードが近くを通る時間帯は工房を閉め、見たい者は自由に行ってきてよいことになっていた。なにしろ数十年に一度の“お祭り” である。広場周辺の屋台や露天も、いつになく繁盛しているらしい。
(魔王討伐っていったい……)
職人のおじさんに肩車してもらい、サキは人ごみの後ろの列でパレードの馬車を待っていた。
「もっと早くに場所取りしてりゃ、も少し前の方に並べたのになあ」
隣のおじさんがぼやく。それにもうひとりが笑って、
「ま、しょうがない。ここからでも見えねえわけじゃなし、嬢ちゃんは俺らで持ち上げてやりゃいいわけだからな。おい、腰をいわす前に替わってやるからそのときは言えよ」
とサキを肩車しているおじさんを見た。
「何言ってやがる、サキ坊ひとりくらいわけないに決まってるだろ。――だいたい、サキ坊お前ちゃんと食ってんのか?七歳のガキでももう少し重……いたいいたい」
「あ、ごめんなさいおじさん。ちょっとふらついて手に力が入っちゃった」
乙女に、体重の話は厳禁なのである。“偶然”おじさんの頭に置いた両手を握りこんでしまっても、しょうがないことなのだ。
「ただでさえ荒れ野原だってのに、また一歩更地に近づいたな」
「うるせえ!」
まわりのおじさんたちがげらげら笑う。
「まったく、やかましいったらありゃしない。サキちゃん、今からでもあたしのとこに来たってかまわないんだよ」
顔をしかめながら言うおかみさんに、サキは首を横に振った。
「おじさんたちと話すの楽しいから、待ってるあいだも暇にならないし、それに――父さんに肩車してもらうのって、こんな感じなのかなって」
こんな歳になって恥ずかしいとなぁと照れ笑いを浮かべるサキに、おじさんたちは「うっ」と何かに胸を撃ち抜かれたようによろけた。
「嬢ちゃん嬢ちゃん、肩車ぐらいいくらだってしてやるからよ、遠慮なく言ってくれりゃいいんだよ」
「おう、その通りだとも。俺たちはサキちゃんの父ちゃん代わりのつもりでいるんだからよ! そりゃ、ほんとうの父ちゃんには遠く及ばねえって、わかってるけど、でも……ぐすっ」
しまいには涙もろいおじさんが泣き始めるものだから、おかみさんもあきれてため息をつく。
「いちいち大げさなんだよ、あんたたちは。――ああ、どうやら来たみたいだね」
まだ姿は見えないが、ざわめきや歓声がずいぶんと近づいてきた。
サキは複雑な気持ちで通りの向こうを睨む。
勇者のお姉さんたちの晴れ姿を見たいとはこれっぽっちも思わないのだが、アルスに会える時間は一秒でも一瞬でも多いのがいいに決まっている。とはいえ、やっぱりあのお姉さんたちのことを思うと気が重い――髪を三つ編みにして灰色のコートに押し込め、フードをしっかりかぶっているのは、万が一にも彼女たちに気付かれたくないという抵抗の表れである――きっと今日もあの四人は空気も読まずにお互いをべた褒めし合って……。
「ねえ、おじさん」
「どうした、サキ坊」
ふと気になって、おじさんにたずねてみる。
「勇者さまといっしょに魔王を倒しに行く王子さまって、結婚してないのよね、婚約者さんなんてのもまだ決まってないの?」
「おお、たしかそうだったぜ。なんでもお妃様が王族といえど思い合った相手と結婚させてやりたいって陛下に嘆願なさったそうでよ。お世継ぎ様の方も、一応どこぞの侯爵家のお姫様と婚約なさってるが、本決まりってわけじゃないらしい」
「あれ、でも来年の終わりあたりに結婚するんだろ、殿下とも幼馴染み同士で仲がいいって聞いたことがあるぜ」
「他に好いた相手が出来なかったらそうなるだろうな、ま、今は猶予期間ってやつだ」
「はぁ、なるほどなあ……」
「ふうん、そうなんだ……」
物知りなおじさんに相槌を打ちながら、ろくでもない考えが頭をよぎった。
(つまり、今の王族に王子さましかいなかったから、女の勇者さまが呼ばれたのね……)
だから、王子たちが結婚に適した歳になってから召喚が行われた。“幸い”パーティーに加わる王子に婚約者はおらず、討伐の旅の間に絆を深めてふたりは結ばれめでたしめでたし。
いろいろ政治的な事情が絡んで第二王子に権力がいくのはよろしくないとなったら、見事に討伐を果たした勇者さまに王太子殿下が“熱烈な恋に落ちて”以下略。
思惑通りにいかなかったときのために、まわりは有力者の身内のきれいどころで固め――これは穿ち過ぎなのだろうか?
「お母さんお母さん、勇者さまってこの前読んでもらったお話のでしょ、こわい森で悪い魔物をやっつけてお姫さまと結婚するやつ」
少し離れたところにいる、母親に抱っこされた子供の声。
「そうね、でも今の勇者さまは女のひとだそうだから、結婚するなら王子さまとじゃないかしら」
(――魔王討伐っていったい……)
本日何度目かのため息をこらえたところで、パレードの先頭が見えた。
まず馬に乗った騎士たちが先導し、前後左右を守られるようにしてゆっくりと四頭立ての豪華な馬車が通りを練り歩く。
――馬車というよりは、フロート車といった方がいいかもしれない。大きな遊園地なんかのパレードで、マスコットキャラクターの着ぐるみが乗っているお立ち台的な。
やがて、本日の主役たちの様子が見てとれる程に近づいてきて――無表情で右手を肩のあたりまで上げたアルスが、真っ先にサキの目に飛び込んできた。
(うん、いかにもやる気がないわね)
そんなアルスとは対照的に、他の四人はにこやかに手を振っているようだ。まあ、それがあるべき姿なのだろう。
勇者さまのご一行は、深い緑色と白の服を身に付けていた。金の縫い取りや飾りが日に反射して豪華だ。
アルスと王子さまはおとぎの国の王子さまか騎士様のような格好で――そういえば実際に王子さまと王さまだった――勇者のお姉さんも、下がスカートなこと以外はだいたい似たような感じだ。神官のお兄さんと魔法使いのお兄さんは、アルスたちとお揃いの意匠のローブをまとっている。
勇者のお姉さんの服がアルスとお揃いというところが少し――かなり気に食わないが、まあどうしようもないことなので我慢する。
「おい嬢ちゃん――あの、あそこにいるのはなんとかって冒険者の兄ちゃんじゃないのか……たしかアルスっていう」
「ええ、まったく忌々しいことにね」
パレードにアルスがいるのに気づいた工房の面々がざわつき始める。
「え、うそ。どうしてアルスさんが……?」
「じゃ、じゃあまさかあの子が勇者様ってこと!?」
特に勇者のお姉さんに喧嘩を売ろうとしていたクレア様教のお姉さんがたは、混乱のまっただ中のようだった。
「忌々しいって嬢ちゃん……まあ、これからあの兄ちゃんは長い旅にでるわけだから会えなくはなるのか」
「じゃあ、あの兄ちゃんがここ最近指名依頼で忙しくしてたってのも」
「勇者さまの関係らしいわ」
じっとパレードを見つめながらサキはうなずいた。
――あ、勇者のお姉さんがアルスの袖をつんつん引いて何事か話しかけている。ないしょ話をするみたいに顔を近づけて……
「今すぐ割って入りに行きたい」
「サキ坊、なんか言ったか?」
「ううん、なんにも」
そこに王子さまが笑顔でお姉さんに何かほめるようなことでも言って照れさせたあと、神官のお兄さんの援護射撃で撃沈、すかさず魔法使いのお兄さんが路地の方を指さして気をそらす――実に見事な連携プレーである。
妙な部分に感心していると、アルスと目が合った。これまでの無表情から一転、笑みを浮かべて明確な意思をもって手を振ってくれる。サキも笑顔で大きく手を振った。一瞬、歓声――主にお姉さんがた(年齢は不問とする)の――が大きくなる。
この人ごみのなか、普段よりも分かりにくい格好をしているのに、すぐにこちらを見つけてくれたことがうれしくて、さっき見た光景は水に流すことにした。
「姫様、パレードはいかがでしたか?」
家に帰り、ベルーカのお城でのお茶の時間――今日は天気がいいので、日当たりのいいガラス張りの温室に案内された――紅茶を入れながらメイシーがたずねたのに、サキは少し考えてから、
「……いろんな意味ですさまじい茶番だったわ」
と答えた。
メイシーはきょとんとした顔で首をかしげ、向かいに座るタニアは、さようですかと笑う。
「それでは、今日は我が国と初代勇者との関わりについてお話しいたしましょうか」
「初代勇者さまの?」
ぱちくりとサキは目を瞬かせる。
「最古の七家のうち、特に重要視されているのが初代国王陛下の血に連なるソーマ家――ジェラード将軍閣下がこの家の現当主でいらっしゃいます――でございますが、そもそもこの初代様が魔の森を越えて来られた経緯というのが――」
サキのみならず、メイシーをはじめとする侍女さんがたもふむふむとタニアの話に聞き入り、今日のお茶会も非常に有意義なものとなった。
※ 急募!モズクの食べ方! ※
Kさんからの依頼
「いえね、知り合いのおばちゃんが言うんですよ。
「あのね、こむるちゃん!モズクがいいのよ、モズク!ほら、おばちゃんみたいな歳になるとコレステロールだの血圧だのなにかしらひっかかるわけ。おばちゃんも中性脂肪の数値がよろしくなかったんだけどね、朝晩モズクを食べるようになってから、中性脂肪がね、標準のラインまで下がったのよ!
そもそもが、おばちゃんの友だちに急に中性脂肪がよくなったのがいてね、みんなで問い詰めたわけ、いったい何をしたのって。そしたら彼女、首をひねりながら「うーん、心当たりといえば、モズクくらいしか……」って。でも、おばちゃんあのモズクの酢が苦手で、え~、モズク~?って言ったら、彼女が言うにはめんつゆで食べると食べやすいわよ!って。
それで試してみたら春雨みたいな食感でけっこうおいしく食べられてね、これなら続けられるって。こむるちゃんはまだ若いから大丈夫だけど、年取ったときのためにも家族の健康のためにも今からモズクを始めたらいいわよ!」
そういうわけで、こむるも酢の物が苦手でほとんど食べてなかったモズクを食事に取り入れるようにしてみようかなって思ったわけです。ほら、うちにも中性脂肪とかなんとか怪しそうなのがいるしで。
でも、たとえめんつゆだろうがそんな食べ方は絶対しないって強硬に言われましてね、そうなるとこむるの乏しい主婦力ではもう味噌汁に入れるくらいしか思いつかないわけですよ。どうにかそれ以外のバリエーションはないかなあと、みなさんのお知恵を借りたいと、そういうわけでして……」
要約:勧められてモズクを週に2~3回ほど食事に取り入れたいけど食べ方がよくわからない。
モズクの味噌汁
材料:
モズク、なめこ、豆腐
作り方:
・なめこ、モズクはざっと水で洗って食べやすい大きさに切る。豆腐はさいの目切り。
・出汁を取って沸騰させた鍋に豆腐、なめこを入れて煮る。吹き零れないように火加減を調節、泡をすくう。
・味噌を入れる前くらいにモズクを加え、味付け。
メモ:
・モズクのヌメヌメをなめこのヌメヌメで覆い隠してしまおうというコンセプト。納豆とメカブとオクラを添えたい。ヌメヌメスペシャル。
・お好みでネギを入れたりする。




