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side千鶴――嘘は言っていないそうです……?

連続投稿2/3



きっと主人公は、スルー検定2級とか1級を持っているに違いない。

 二つ折りにしてあった敷布を大きく広げ、


「どうぞすわってください。いまおちゃをよういしてきますね」


 とサキちゃんは家の中に入って行った。アルスさんも運ぶのを手伝う、とその後を追う。


 レオン君は小屋だって言ってたけど、魔法屋敷は、現代日本人のわたしからしてみれば十分すぎる程立派な一軒屋だった。


 木造二階建て、窓から覗くカーテンは可愛らしいクリーム色。一階の窓の下の花壇は、えっと、なんだっけ……そう、ローズマリー。淡い紫の花を咲かせたローズマリーが垂れ下がって、向こうにはラベンダーも植わってる。こう、ハーブのある暮らしって、憧れるよね。


「そうか! 現状維持の魔法式が浄化魔法も兼ねてるから、魔力の節約に繋がって……ああ家の中がどうなってるのか気になる――「いいから落ち着け、レオン」」


 ……さっきからエドガーがレオン君を宥める係になっちゃってる。


 どうにかレオン君が落ち着いて、皆の座る場所も決まった頃、お盆にお菓子とりんごの入った木の器を乗せたサキちゃんがとてとてと帰って来た。アルスさんはお茶のセットを運んでいて――甲斐甲斐しいアルスさんって、なんか新鮮。


「ほんとにごめんね、サキちゃん。大勢で押し掛けちゃって」


 敷布に座っているわたしの隣に腰を下ろしたサキちゃんは、ゆるゆると首を振り、紅茶をティーカップに注ぎ分ける。


「お姉さんたちは、アルスのおしごとのなかまのひとでしょ? だから――」


 あぁ、無理矢理押し掛けたっていうのに、この大人な対応! サキちゃん、とってもいい子だよ。


「ああすまない――サキとやら、世話になる」


「上手にお茶を淹れられて偉いですね。有り難うございます」


 木の下にはエドガーとキースさんが座り、そこから敷布の真ん中に置かれたお盆を囲むようにレオン君、わたし、サキちゃんとアルスさんの順に並んでいる。


 エドガーは王子様の威厳たっぷりに。キースさんは一生懸命もてなしてくれるサキちゃんににこにこ顔でお茶を受け取り。


「お、このクッキー美味いな。紅茶と……りんご入りか?」


 レオン君は早々とクッキーに手を伸ばした。


「ふふ、美味しそう。頂きます」


 まずはクッキーをひと口。素朴な味がするのはこの前もらったのと同じ、今日は細かく砕いた紅茶の葉の香りと、刻んで混ぜ込まれたりんごの甘酸っぱさが秋の空にぴったりって感じで。

 続いて飲んだ紅茶も、地球でいうところのアッサムティーみたいなどっしりした味わいがクッキーとの相性抜群だった。ミルクを入れても美味しいかもしれない。


「美味しいね! この前のクッキーも美味しかったし、サキちゃんのお母さん、料理上手なんだね。あ、そうだ。お邪魔してるってこと、お母さんにご挨拶した方がいいよね……?」


 ついうっかり忘れてた。裏からじゃなくて玄関からお邪魔したならきっとちゃんと最初に挨拶してたのになあ。


「ううん、だいじょうぶ」


「でも、そうは言っても」


 ちょっと困ったように笑って、サキちゃんは。


「母さん、もういないから――」


 そう言ったのだった。


「え――」


 はっきり何がとは言わず、言葉を濁してはいるけど、でも“そういうこと”……なんだろう。


「じゃ……じゃあお父さん……」


 サキちゃんは申し訳なさそうに眉を下げている。


 ――やっちゃった、思いっきりやっちゃったよ!


「あぅ……ご、ごめんね……」


「だいじょうぶだから、気にしないで」


 でも、それならサキちゃんこの家に一人きりで住んでるってこと? まだ小さいのに、大丈夫なのかな……。


 わたし、この前はうっかり日本の感覚で十歳位かなって思ってたけど、異世界の標準に照らし合わせるとサキちゃんはたぶん七歳とか八歳位のはずなんだよね。


 同じようなことを思ったらしいキースさんも随分心配そうにしている。


「一人で此処に暮らしているのですか……? ですが貴女の歳では……」


「ちゃんとくらせてるから。となりのおばさんやおともだちもたすけてくれるし」


「そうは言いますが――サキさん、うちの孤児院においでなさい。貴女にはまだ庇護の手が必要です」


 そうだよ、それがいいよ! キースさんのところなら絶対良くして貰えるもの。


 レオン君も隣で頷いてるし、エドガーは「行政と神殿の連係を密にして孤児の実態の把握を……」とか声に出して考え始めてる。皆、パーティーの仲間が妹のように思っている子のことだからと、親身になってくれてるんだろう。胸の中が暖かくなるような気がした。


「あの、でも――」


「不安ですか? 心配いりませんよ、お友達とも仲良くなれるし、職員も優しい人ばかりですからね」


 キースさんの笑顔が神々しいっ……! これがきっと慈愛の微笑みって言うのね。


「えっと……」


「キース殿」


 不安気なサキちゃんの肩にぽんと手を置き、アルスさんが口を開いた。


「この家はサキの母親の形見みたいなものなんだ。だから――サキからこの家を取り上げないでやってくれ」


 言われてはっとする、そっか、サキちゃんが不安なのは“孤児院に馴染めるかどうか”じゃなくて、“お母さんとの思い出が詰まった家を手放す”ことだったんだ……。

 こちらが良かれと思ったことでも、相手にとってはそうでないこともある。そんな、当たり前のことが頭から抜けていたことに申し訳なくなる。


「それは――ですが」


 迷った様子のキースさんは、少し考えてからサキちゃんに向き直ると、真剣な顔で尋ねた。


「本当に大丈夫なんですね? お金のことも?」


「だいじょうぶです」


 サキちゃんはこっくり頷く。


「何か困ったことがあったら、どんな些細なことでも神殿を頼って下さいね? いいですか、約束ですよ?」


「はい。ありがとうございます、しんかんさま」


 優しく頬笑むキースさんに、サキちゃんもふわりと笑顔を見せた。


 サキちゃんの気持ちが追い付かないままに無理に孤児院で保護するのではなく、今は信じて見守ることにキースさんは決めたらしい。

 でもやっぱり心配は心配だから、魔王討伐が終わって帰って来たら、わたしもサキちゃんのことを気にかけてあげよう。


 ――と、ここまで考えてから、そう言えばアルスさんが孤児の面倒を見ているらしいって噂を侍女さん達から聞いたことがあったのを思い出した。そっか、こんな子が一人暮らししてるんだもの、心配で時間が出来たら様子も見に来るよね。わたしだってきっとそうする。





 ささやかなお茶会は和やかに進み、今はレオン君が面白おかしくこなして来た依頼について語っている。キースさんは相槌を打ち、エドガーはそうじゃなかったろう、とか大袈裟だ、とか突っ込みを入れている。


 サキちゃんはアルスさんと時々顔を見合わせて笑いながら、楽しそうにお話に耳を傾けていて――


 わたしは、そんなサキちゃんを可愛いな~とぽやぽや眺めながら、“あること”について考えていた。


 そう、サキちゃんはとっても可愛いのだ。


 アーモンドみたいなぱっちりした目、すっと通った鼻筋、ふっくら柔らかそうな桜色の唇がバランス良く配置されていて、目にかからない程度に切り揃えられた前髪と長い黒髪は癖ひとつなく真っ直ぐに伸びていて(憧れの黒髪ストレート様……!)。


 この前会った時は髪を緩く二つに分け、白いブラウスと芥子色のジャンパースカートの上からピーチ色……っていうのかな、ほんの少しピンクがかったクリーム色のフード付きマントを羽織って編上げのブーツを履いていた。カラーリング違いの赤ずきんちゃん!って感じ。


 今日はサイドの髪を少しとってリボンで結び、葡萄茶のワンピースにベビーピンクのエプロンドレスをかけて、可愛く塗装された木靴を履いている。まるでマザーグースとかピー○ーラビットの世界の住人さんだ。


 レオン君の身振り手振りに肩を揺らして笑う度にさらさらと黒い髪が流れ、陽の光を受けて黒い瞳は琥珀に煌めく――


 でも今気になっているのは、そういうことじゃなくて。


 ――黒い髪に黒い瞳、そして“サキ”という名前……これって、もしかするともしかするよね?


 一旦気になり始めるとどうしても確かめずにはいられなくなったわたしは、話が一段落付いた時を見計らってサキちゃんに話し掛けた。


『ねえ、サキちゃんって、日本人……なんだよね?』


 そう、わたしはサキちゃんが日本からの召喚者……はないだろうから転移者ではないかと考えていたのだ。あ、でもお母さんのこととか話題に出てたから、お父さんかお母さんが日本人だったのかも!でもそういう場合でも、大抵親から日本語を習ってて通じるんだよね。


「チズル? 今なんて……?」


 “日本語”での問い掛けを理解出来ず戸惑った声をあげるエドガー達。


 サキちゃんはきょとんとした顔で瞬きし。


「それは、お姉さんのくにのことばですか?」


 と、“この大陸の共通語”で訊き返したのだった。





 ――あ、あれ~?





続きはピアノのお稽古から帰ってからになるかもしれない。

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