敗因のひとつは悠長に構えすぎたことかもしれない。
落書き倉庫に1枚追加あり。
とってつけたように日本での思い出をぶっ込んで行くスタイル。
いやね、そうしないと書いてるこむる本人が、主人公たち元日本人だったてこと忘れそうになるんですよ。
そわそわしているところをおじさんたちに苦笑されながら、工房の奥の部屋を出る――と、なんだかそこは妙な空気に包まれていた。
ちらちらと外を伺うアルバイトのお姉さん方(なお、年齢は一切考慮せず……)、そのうち肉食獣の風格をかもし出している何人かはサキに話しかけたそうにしていて、また、クレア様教の敬虔なる信者さんたちもしきりに外とサキのことを気にしている。
――まあ、少し前までよくあることだったので、原因はわかっているのだが。
ただ、今日はいつもとは少しクレア様教のお姉さんたちの様子が違うような気がした。
「ねえ、サキちゃん! あのね、このあとみんなで遊びに行かない?」
「それがいいわ! おいしいケーキ屋さんを見つけたの、だから
……」
「ごめんなさい。このあと予定があるの、だからまた今度」
実際に話しかけてきて、しかもアルスとクレアのことに関するお願いではなく、サキを引き留めたいようなそぶりを見せるのは、なんというか珍しい。
「その予定、たぶんなくなるから――」
「あ、ちょっと!」
「ね、サキちゃん。いっしょにいきましょ」
「ううん、とっても大事な用事なの。またね、お姉さん」
「あっ、待って……」
実に不自然なお姉さんたちを笑顔でさっくりと振り切って、足取りも軽く通りに出る。
「あ、いた! アル――」
「偶然ねアルス、こんなところで何してるの?」
……なるほど。お姉さんたちがあんなに必死だったわけがわかった。
「――ああ、クレア」
ふだん着姿で、さりげなくではあるがしっかりめかし込んだクレアが、アルスの腕に飛び付こうとしてそれとなくかわされたところだった。
「もうあのお坊ちゃんたちの依頼は終わったの? ならこれからお疲れ様会でもしない? おいしい料理屋を知ってるの。いろいろ久しぶりに話したいし、それに、新しい装備を見に行くのとか付き合ってほしいし」
「クレア、悪いが今日は」
「きっと今日の予定はキャンセルになるわ。あの子、工房の友だちと遊びに行くって言ってたもの」
(ううん、言ってないよ)
口を挟む隙も与えずアルスを誘いかけているそのがんばりは見事かもしれないが、なぜ“偶然”会ったばかりのアルスの予定をクレアが把握しているのだろうか?
「クレア、だから――」
「子どものお守りなんかより、わたしと――」
「お待たせ、アルス!」
まあいいや、そろそろ潮時だと、ことさら明るい声をあげてアルスとクレアの間に割って入っていった。
「サキ。お仕事お疲れさん」
飛び上がるようにしてお腹に抱きついたサキを、強くもなく弱くもない完璧な力加減で受け止め、そのままアルスは高く持ち上げる。
「今日も魔道具作りは順調だったか?」
「うん、最近ずーっとおんなじのばっかり作ってるから、そろそろ他の道具も作りたいねっておじさんたちと話してたの。もう目をつむってても作れるくらいだって」
それを聞いて、楽しそうにアルスは笑った。
「あ、クレアお姉さんこんにちは」
「え、ええ……」
振り向いてあいさつをすると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたクレアも、戸惑いぎみにうなずく。
「お姉さんもお出かけ? 晴れてほんとによかったよね」
にっこりと、ほんの少し――多少、いや、それなりに本気の威嚇を込めて笑いかける。
「あの子たち……まかせてくださいとか言ってたくせに……」
わずかに顔を歪ませ、口の中でなにやらクレアは呟いているが、聞こえなかったことにしておいた。
「さ、行こうか。まずは服を見に行くんだったよな」
「そうそう。あ、わたし手袋もほしいな、あったかくてかわいいやつ」
「あ、待って、アルス……!」
サキを抱き上げたまま歩き出そうとして、アルスはそうだ、とクレアに向き直った。
「前から言おうと思ってたんだけどな、そうやってやたら引っ付こうとするの、やめてくれ」
ぴたり、とアルスに触れる直前で伸ばされた指が止まる。
「たとえお前がどんなつもりだろうと、誤解されたくないやつがいるんだよ」
「それ……それって、この前のあの子の――」
はて、あの子とは? とサキは首をかしげて、
「あんな、ちょっとかわいいだけの、自分は全部わかってますなんて顔してきれいごとばっかりで……! それにアルス、今のままだと大勢の中のひとりに過ぎないじゃない!」
あ、勇者のお姉さんだ。
アルスもどこか頭が痛そうにため息をついている。
「わたしなら、そんな思い絶対に……」
「クレア」
なおも言いつのろうとするクレアを、ぴしゃりとさえぎる。
「――激しく見当違いなんだが、まあそれはともかく……この先、すぐに腕を組もうとしたり、俺の恋人みたいにふるまうのは遠慮してほしい」
「でも、だって……わたしずっとアルスのこと……それにみんなだって」
「じゃあな」
「またね、お姉さん」
話はおしまい、とばかりにアルスは今度こそ歩き出し、サキはアルスの背中越しにクレアに手を振った。
やがてその姿は小さく見えなくなり――
「……ちょっとかわいそうだったかしら」
「かまわないさ」
とアルス。
「向こうがはっきり言わないのに、こっちから何か言うのもと思ってほっといたけど、さすがにそろそろなあ」
確かに、下手したらただの勘違い男になってしまうよね、とサキはうなずく。
「それにしても、やけに出来すぎた“偶然”だったな……」
どちらからともなく顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「たぶんあれね、クレア様教の連絡網が回ったんだわ」
「クレア様教?」
「カリスマファッションリーダーで偉大な冒険者のクレア様を崇める集団。最近はクレアさんとアルスをくっつけようと躍起になってるわね」
「なんて迷惑な集団なんだ……」
ぶるっとアルスは震えた。
「今日おじさんたちと休憩してるときに、アルスと待合わせしてることを話したから、通りすがりに漏れ聞いたんじゃないかな」
クレアの魅力にかかれば小さな子どもとの約束なんかどうにでもなると、信者もご本人もたかをくくっていたらしいことに少し腹が立つ。
「あっちもこっちもアルスを狙ってて、まったくいやになるわ」
こんな子どもの姿では、牽制にもなりはしない。
「またクッキー1枚は勘弁してくれよ」
ぽふぽふとサキの頭を撫でながらアルスが困ったように笑う。
「また今度何かあったらクッキー1枚どころか、紅茶が水になるんだからね」
サキはほっぺたをふくらませた。
服屋で、これから必要になりそうなものをいくつかと生成り色の革の手袋、それから防寒用のブーツを買って、ついでにアルスから手袋とお揃いのマフラーと耳当てもプレゼントしてもらい、手をつないで商店街をてくてく歩く。
「でね、今度小さくなった服や靴を持ってって、小さい子たちで分けっこしてもらうの」
「服はともかく、靴は数が少なくて喧嘩にならないか?」
「そこはね、木靴しか持ってない子に優先的に渡るようにあらかじめ決めてあるから」
「なるほど」
そうやって服だの靴だの、きょうだいはもちろん、親戚や知りあいの家をぐるぐる回っていくのである。
「おや、サキちゃん」
「あ、おばさん。こんにちは」
天気がいいので散歩がてら果樹園を通って庭から帰ろうと、いつもは抜け道に使っている学園の正門を素通りし角を曲がったところで、マーサと出会った。
「ご無沙汰してます、マーサさん」
「ああ、アルスも元気そうで何よりだね。依頼が忙しいって聞いてたけど、もういいのかい?」
「いや、今日がたまたま休みになっただけで」
ふたりはにこやかに言葉を交わしている。マーサはアルスのことをなかなか気に入っているらしいのだが、最高ランクと聞いたところで、ちょっと強いその辺の冒険者のお兄さんくらいの認識でいるのがなんだか面白い。
「ふうん、偉い冒険者ってのも大変だねえ。また時間ができたら、たまにでもいいからサキちゃんのところに顔を出してやっておくれよ。あたしもうちの人も、あんたがいてくれてサキちゃんにとって心強いって思ってるんだよ」
いえいえ、昨夜も顔を出していました、とも言えず、サキはにこにことふたりの会話に耳を傾けている。
「そうそう、サキちゃん。枝から落ちてキズのついたりんごでよかったら持っておいき」
「うれしいけど、もらってもいいの?」
「ああ、もちろんだとも。自分でジャムにしたりできるんなら、かごいっぱいだって持ってきゃいい。幸い人手は確保できてることだしね!」
アルスを見ながらそう言って、マーサは朗らかに笑った。
「いくらでもお運びしますよ、お姫さま」
アルスもおどけて手を胸に当て、頭を下げる。さすがいいとこの出身、見事な一礼だった。
「そう? じゃあ遠慮なくもらって行こうかな、ありがとうおばさん」
アルスがりんごが山盛りになったかごを持ち、かわりに服の包みをサキが受けとって、マーサと別れる。
「りんごといえばね」
果樹園の中にしつらえられた遊歩道を歩いていると、ちらほら人の姿が見える。多くは隣の学生さんのようだ。
「小さかったころ、お友だちのお弁当にうさぎのりんごが入ってるのがうらやましくって、うちでもやってほしいって母さんにおねだりしたのよ」
ふと、木の枝にに重たそうにぶら下がっている、つやつやと真っ赤なりんごを見ていて思い出した。
あのとき、赤いうさぎの耳のついたりんごは、普通にむいたりんごなんかよりよっぽど特別な味がするに違いないと思ったのだ。
「それで、首尾よく作ってもらったはいいけど、実際食べてみると、思ったよりおいしくなくて」
「――まあ、中途半端に皮がついてるわけだしな」
「そうなの、耳のところの皮が歯の間に挟まって痛かったりしてね。でも、それ以来母さんったらわたしはうさぎのりんごが好きだからって、お弁当を作るときはもちろん、普段りんごをうちで食べるときにもうさぎを作ってくれるようになったのよね。こっちもいまさら全部皮をむいてほしいなんて言いにくいし……」
それが大人になっても続くのよ、とため息をついたサキに、アルスは肩を震わせて笑った。
「サキもサキのお母さんも、なんだかかわいいエピソードだな。そういえば前の俺のうちでも、幼稚園の俺に合わせてうさぎりんごを入れるのはやめてくれって、親父が頼んでたような気がするよ」
言われて想像してみた。休み時間、会社でお弁当のふたを開けたらうさぎのりんご、のぞき込んできた周りからはかわいいりんごですね、と生暖かい目で見られる――
「お父さん、ちょっと恥ずかしかったかもね……」
困ったな、そろそろ本格的にここに書ける料理がなくなってきたぞ。
豚汁のお話
豚汁のスタンダードな具って、何なんでしょう。こむるん家のがたぶんスタンダードでないことはわかるんですが。
大根、ニンジン、里いも、ゴボウ、こんにゃくあたりですかね。あ、あと言わなくでわかるだろうけど豚肉。
タマネギをいれるよ!とかさつまいもだろjkとかあるかもしれませんが。
我が家の豚汁は、白菜とニンジンと里いも、あともやしでした。薬味のネギは何がなんでも白ネギ。
いつだったか、仕事で遅くなるままんのために、パパンと一緒に豚汁を作って(その日の豚汁はとてもおいしくできた)待っていたら、ネギが白ネギじゃないなんて豚汁じゃない!白ネギ!白ネギ!と駄々をこねられて大変困ったことがありました。確かそのときは、青ネギの根本の白い部分を刻んで事なきを得たんでしたっけ。
あと、「とんじる」か「ぶたじる」かで熾烈な争いがあるとかないとか。我が家は「ぶたじる」派です。
材料は上記の通り。
・水をはって昆布をつけておいた鍋に、いちょう切りにしたニンジンと食べやすい大きさに切った里いもを入れて火にかける。
・吹き零れないように泡をすくいながら、煮えてきたら白菜の芯、少し煮て葉の順に加え、塩をひとつまみ入れる。
・豚肉を加えて火が通ったら味噌で味を調える。
・もやしを入れてひと煮立ちさせたら火を止める。
・お好みで刻んだ白ネギ、唐がらしなどを振る。
メモ:
・里いもは、ぬめりが気になるなら下ゆでしてももちろん大丈夫。鍋をたくさん使うのが面倒なら吹き零れに注意していきなり本番で。冷凍ゆで里いもを使うのもあり。
・この塩ひとつまみが味を引き締める――とこむるは信じてます。あと、塩を入れた瞬間に野菜の煮えるにおいが微妙に変化するのが好き。
・もやしは、細くても太くても。こむるは太もやし派。
・たくさん作って、初日は野菜のしゃっきりした感じが残ってるのを楽しみ、次の日は芯までやわらかく味がしみてるのを楽しみ、最後は雑炊にしてしまおう。
・昆布と白菜と豚肉だけのシンプルな豚汁もまたよし。