side千鶴――初めてのお買い物
本日二話投稿(1/2)
「悪役令嬢として断罪される未来なんてごめんだ!死亡フラグなんてへし折ってやる」とか、「この世界はゲームとよく似てるけどみんな生きてるんだ、ここは現実なんだ」とか言ったその口で、「どうしよう、ヒロインちゃん(その他攻略対象)の運命を変えちゃった……」なんて言ってる主人公に疑問を覚えなくもない。
自分の運命を変えようとするならそれに連動して周りの運命が変わることくらい想定済みのはずではないのか?
あと、ヒロインちゃんの運命を変えたことに罪悪感を覚えるというよりは、“先の展開を知っていることによるアドバンテージ”がなくなることに怯えるっていう割合の方が大きかったりしませんか?それをヒロインちゃんのためっていう大義名分でごまかしている。
などとひねくれもののこむるは時々思うんですよね。
もっと悪役令嬢ちゃんたちも、自分に正直に生きればいいのよ!
あれから、私たちの戦い方は少し変わった、と思う。
基本的にやってることや陣形が変わったという訳ではないけども、何て言うんだろう……皆周りをよく見るようになった、って感じかな。
あと、わたしのことを守ろうとするんじゃなくて、信じて任せてくれるようになった。でも、本当に手に負えない時にはちゃんとフォローしてくれて。
少しはわたしも戦えるようになってきたってことかな、そうだと嬉しい。
わたしも、あれもこれも今すぐ出来るようになろうとせずに、今出来ることを確実にこなすことを意識するようにしている。
――またこの前みたいなことになるのは、絶対に駄目だから。
アルスさんから駄目出しを貰うことも減って、わたし達は狩り場を随分と森の奥に移していた。
とはいえ、今日は冒険者業はお休み。来週に迫った御披露目に向けて、衣装合わせやパレード(ほんとにするの、パレード!?)の流れ、夜会での挨拶なんかを確認する日なのだ。
まあ、衣装は既にデザインも決まり本縫いも終わっていて、ほんとに最後のサイズ合わせだし、パレードや夜会も、何度もリハーサルをする訳ではないので丸一日取られることはない。
午前中でさっくり終わらせて、午後からは街に下りてゆっくり買い物をしたりして過ごそう、ってことになった。
依頼をこなすために王都は何度も訪れたけど、店とかに入ることなく通り過ぎるだけだったから、凄く楽しみ。
「チズル! 終わったか?」
ノックと同時にドアが開き、レオン君が飛び込んでくる。後からやって来たエドガーとキースさんは、申し訳なさそうにドアの手前で止まった。
「まあっ、レオン様! レディのいる部屋に返事も待たず扉を開けるだなんて、はしたないですわよ!」
眉をつり上げるマリアさんの剣幕に、レオン君は肩をすくませ、
「わ、ごめんごめん! つい待ちきれなくてさ」
拝むように両手を合わせて謝っている。
「マリアさん、そのくらいにしてあげてよ。着替えの途中って訳でもなかったんだし、ね?」
「ですが…………もう、チズル様はお優しいんですから……」
しょうがない、と言った風にマリアさんは苦笑する。
今わたしが着ているのは、夜会用のライラック色のドレス。微調整の為にピンが所々打たれている……ということは、これから夜会の日まできっちり体型をキープしないといけないってことなんだよね……。王城の食事っておいしいから、食べ過ぎないように気を付けよう。
「それが今度着るドレス? すっげー似合ってるぜ!」
「当日は髪を結ってアクセサリーも付けますから、もっとお美しくなられますよ」
はしゃいだ声のレオン君に、クスクス笑ってマリアさんが言う。
部屋に入ってきたエドガー達も、綺麗だと褒めてくれた。
「ふふっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいな」
西洋人的な顔付きの人が多い中、思いっきり平たい顔の民族なわたしが彼等の着るようなドレスを着たって、いまいち似合わないのは分かってるんだけど、やっぱり褒められるのは嬉しい。
「お世辞等ではないといつも言っているのだがな……」
エドガー達が残念なものを見るような目をして何か言っている。
大丈夫、ちゃんとお世辞って分かってるから! ほんとに似合ってるとか勘違いなんてしてないから!
「あれ、そういえばアルスさんは?」
「アルスさんなら、用事があるからと、打ち合わせが終ってすぐに出ていかれましたよ」
一人足りないのに気付いて尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「そっか、皆揃って行けたら良かったのに……」
アルスさんって、結構マイペースだよね。
そういえばあの夜以来なんとなく――うん、なんとなく夜に散歩するのことが増えたんだけど、結局あの夜以来アルスさんと会うことはなかった。部屋の明かりも付いてないみたいだし、早めに寝てるのかな?
毎日ギルドの依頼を受けて疲れるもんね、特にアルスさんはわたし達の指導役も兼ねてるから気も使うだろうし。
その代わりと言ってはなんだけど、エドガーが庭にいるのによく遭遇する。秋から冬に差し掛かった頃の、夜の澄んだ空気が好きなんだって。気持ちはなんか分かるなぁ。
一旦皆には応接間で待ってて貰って、わたしは奥の部屋で外出着にお着替え。
街に下りるんだからということで、今日はがっつりしたドレスじゃなくて、モスグリーンのワンピース。その上からオフホワイトのビスチェ付きオーバースカートを着て、髪はサイドを編み込んでハーフアップにして、ワンピースとお揃いの色のリボンを結ぶ。
後は小振りのポーチを下げて、キャメル色の編み上げショートブーツを履いたらお出掛けスタイルの完成。
使用人用の裏門を通って王城を出る。お忍び感があって、こういうのいいよね。
まずは、大通りの広場に出ている屋台で昼食を買おうということになった。
今までは王城の厨房が作ってくれてたものね。これもまた今日が初めてだったりする。
城下に詳しいレオン君が、ここは何の店とかこの店は何が評判だとか色々教えてくれて、道中も退屈しない。
あまり街を歩く機会のないエドガー達も、興味深そうに相槌を打っている。
「良かった、今日もちゃんと屋台出てる! チズル、あそこの串焼きは絶対食べなきゃ損するぞ!」
広場に入った途端、目当ての屋台を見つけたらしいレオン君がわたしの手を引いて走り出した。
「きゃっ! レオン君、急に走らないでよ。びっくりするじゃない!」
「ははっ、悪い。ほら、キースとエドガーも早く!」
抗議するわたしに、レオン君は笑いながら謝る。もうっ、全然悪いなんて思ってないでしょ!
わたし達が、鳥肉をタレで香ばしく焼き上げた串焼きを四本注文してお金を払い終えた頃、苦笑を浮かべ、両手に飲み物の入ったカップを持ったエドガーとキースさんがやって来た。
「ほらほら、レオン。そんなに急がなくても屋台は逃げませんよ」
「あ、二人共、飲み物買ってくれたの?」
ふわりと柑橘系の爽やかな香りが鼻を擽る。
「オレンジをその場で絞って売っていた。なかなか人気のようだったぞ?」
「ああ、そこのオレンジジュースもおすすめなんだ。俺達学園に通ってる奴等は、氷魔法で小さな氷を浮かべて飲むのがある意味でステータスだったんだぜ」
勿論自分は勝ち組の方、とレオン君が胸を張る。そうそう、細かい制御のいる、しかも規模の小さい魔法って逆に難しいもんね。流石レオン君。
後で皆にも氷を作ってくれる、と言うレオン君のお言葉に、わたし達は素直に甘えることにした。
広場中央の噴水の縁に並んで座り、ほかほかと湯気を立てている串焼きを頬張る。
「わぁ……おいしい!」
しっかりと下味の付けられた肉は柔らかくて、タレとの相性も抜群。レオン君が食べなきゃ損をするって言うのも納得の味だった。
「これは……」
「確かに美味いな」
エドガーとキースさんも頷いている。
「だろ!」
口の端にタレを付けて、にぱっとレオン君が笑った。
「もう、レオン君ったら。ソース付いてるよ」
串焼きと、ガレットみたいな薄い生地にレタスとハムを包んだものを追加で買い、レオン君謹製の氷でよく冷えたオレンジジュースを飲み終わったら出発だ。
通りの露店や屋台を冷やかしながら歩く。
「えっと……この銅貨が一エルトで、銅貨十枚で銀貨一枚、十エルト。で、銀貨十枚が金貨一枚分の百エルト……だったよね?」
手に握った数枚の銅貨と銀貨を見ながら、以前習った貨幣の価値についておさらいする。金貨は、こんなところで買い物をするには金額が大き過ぎるから、マリアさんが作ってくれ巾着型の財布の中でお休み中。
「よく覚えていたな、その通りだ」
店先や屋台でざっと確認した感じ、銅貨一枚でリンゴとかパンが一個買えてお釣りが出るかどうかってところだったから、日本の物価と比較して大体一エルトが百円とか二百円くらいだと考えておけばいいみたい――ちなみに、百枚で一エルトになる真鍮製の銭貨もあって、駄菓子屋なんかでは紐に百枚組で通したそれを持って子供達が買いに来る光景が見られるんだとか。想像したら、ほっこりするね。
綺麗な色の石のアクセサリーを売っている露店で足を止め、気になった品をいくつか手に取って見ていると、隣にキースさんが並んで、ひとつを指差した。
「チズル様によく似合いそうな首飾りですね」
それは、桜色の石を中央に向かって少しずつ大きくしながら連ねたネックレスで、ポイントポイントに金色のビーズがアクセントになっていて、キースさんの言う通り今日の服にもよく合うと思った。値段も銀貨二枚とお手頃だし。
「おじさん、これ下さい」
「おや、お嬢ちゃんいいのかい? そこの格好いいお兄さんに買って貰わなくて」
「ええ、そうですよチズル様。是非わたくしに贈らせて下さい」
ちょっと眉を下げて首を振り、銀貨をおじさんに手渡す。
「気持ちは嬉しいんだけど、これはわたしが初めてこの王都で買い物をする記念に自分で買ってみたいの」
今払ったお金だって、王城で用意されたものではなくギルドで依頼を受けて手に入れたもの。
王城のドレスやアクセサリーなんかとは比べ物にならないような安物だろうけど、あれはちょっと高級過ぎて自分のものって気がしないっていうか、借り物感が拭えないっていうか――ああ、いや、まあ実際借り物なんだけど。
なんか、本当の意味で自分のものって実感出来るのが嬉しい。労働って尊いよね。
そんなわたしにキースさんは苦笑して、
「そういう真っ直ぐな心根がチズル様の魅力ではあるのでしょうけど……もっと我々に頼って下さってよい――いえ、頼って頂きたいと、そう思ってしまうのですよ」
ネックレスを受け取ろうとしたわたしの横から素早くネックレスを掠め取り、わたしの首にかけてくれた。
「あ、ありがとうキースさん……」
「お、やるねえ」
おじさんが口笛を吹く。
うん、ネックレスの金具を自分で付けるの苦手だから助かるんだけど、でも、でも……正面から腕を回すように付けられるとその、何が、とか具体的なことに言及するのは控えるけど、近い! ちょっと近すぎるから! 麗し過ぎるからっ!
真っ赤になったわたしの背中にふわりと手を当て、さあ行きましょうかとキースさんが促す。
「うん……」
わたし達がアクセサリーを見ている間、エドガーとレオン君も何か他の露店を見ていたみたい。何か小さな包みを手にしている。
「お、チズル。そのネックレス買ったのか? 可愛いな」
包みの中身は可愛いらしい色合いの飴だった。皆にひとつずつ手渡しながら、レオン君も自分の口に放り込む。
「その色は確かチズルの国の花でサクラ……とか言ったか? よく似合っている」
エドガーは、勉強の合間に何となくわたしが話したことまでよく覚えてたよね。
「ねえ、レオン君。これからどこに向かうとか決めてるの?」
「それなんだけどな、もし皆に特に希望がないってんなら、一緒に行きたい所があるんだ」
わ、どんな所だろう。楽しみだな。
わたし達は王都の西の方角へ足を進めるのだった。
こいつらほんとに話が進まないでやんの……
ビーフンメモ
我が家のビーフンはグランマ(ママンのママンね)の味。小さかったこむるが病気で何も食べられないときでも、グランマの汁ビーフンなら喉を通った思い出。
汁ビーフン(三人分くらい)
材料:
・ビーフン 150グラム
・豚肉のこま切れ、とりむね肉 それぞれ30~40グラム程度
・チンゲンサイ、または白菜 少々
・塩、こしょう
作り方:
・ビーフンはゆでて水気を切っておく(袋の指示に従うこと)。
・たっぷりの水を沸騰させ、食べやすい大きさに切った豚肉ととり肉を入れて出汁を取る。
・浮かんだアクや油を丁寧にすくい、塩とこしょうで味を調える。
・器にビーフンを入れ、スープ(肉気も少々)をたっぷりかけ、ゆでておいたチンゲンサイ(白菜)を乗せる。
メモ:
・かつお、昆布で出汁を調えるのもおいしい。でも、やり過ぎるとかつおが勝ってしまうので程ほどに。
・脂が苦手な人は、豚は脂身が少な目の部分を使う、とりの皮は取り除くなどするとよいでしょう。
・味付けにしょうゆは使わないの?
――はい、使いません。塩です。
・チンゲンサイは中の方の小さめの葉をゆでて、切らずに添えるとちょっとオサレ。
焼きビーフン(三人分くらい)
材料:
・ビーフン 150グラム
・タマネギ 2分の1個
・ニンジン 2分の1個
・セロリ 3~2分の1本
・ニンニク ひとかけ
・豚肉のこま切れ 40~50グラム程度
・イカ 40~50グラム程度
・塩、こしょう
・しょうゆ 小さじ1
・ゴマ油
作り方:
・ビーフンはゆでて水気を切っておく。
・タマネギ、ニンジンは細切りに、セロリは斜めにスライスしてから太い部分は細切りに。葉の部分を使う場合は、食べやすい大きさに切る。
・ニンニクをスライスする。
・豚肉、イカを食べやすい大きさに切る。
・熱して油をひいたフライパンで、ニンニク、タマネギとニンジン、セロリ、肉とイカの順で炒め、塩小さじ1~2、こしょう少々で味を付ける。
・ビーフンを入れて混ぜ、野菜から出てきた水分がなくなるまで炒める。
・味を確認して足りなければ塩を足し、しょうゆで香りを付ける。
メモ:
・味の決め手はセロリとイカ。セロリが嫌いな人もけっこういるとは思うけど、苦手でないならぜひ試してもらいたい。
・最初にある程度味を付けておくことで、具だけを食べたときに気の抜けた味になりにくくなる。塩の量は適当なので、味を見ながら調整してください。
・余ったセロリの使い道に困ったら、包丁の腹で潰してみじん切りにしてビーフシチューやミートソース使うとよいでしょう。