おうちへ帰ろう2
自分が住んでみたい家の間取りや庭なんかを考え始めると、目が冴えて眠れなくなってしまいますよね。
もちろんこむるも明け方まで眠れずいつも困っています。
番外あれこれ
我々が日常的に肉を食べられるようになったのはごく最近である。それまでヨーロッパの人びとが何をたんぱく源としていたかというと、ずばり豆である(魚がとれる地域除く)。
グリム童話など各地の民話に、豆が重要な役割を果たす物語がたびたび見られるのは、当時人びとにとって豆がいかに身近な存在であったを物語っている――のかもしれない。
結論:肉が簡単に手に入る異世界すげえ。
マーサの家は、果樹園の裏に回り込んだところにあった。呼び鈴を鳴らして少し待つと、赤毛の中年の女性が顔をのぞかせる。
「はい――おや、お嬢ちゃんどうしたんだい?」
「あの、マーサさんですか? 城門の門番のジョンさんから、家を売りに出していると聞いて」
サキは預かった手紙を渡した。マーサは訝しげな顔をしながらもカサカサと折り畳まれた紙を開き、
「たしかに空き家はあるがね、家なんてものはあんたみたいな小さな子がお使いでほいほい買えるようなもんじゃないんだよ。まったく、ジョンも何を考えて……」
手紙を読んでいたマーサが突然「なんだって!」と声をあげた。
「お母さんを亡くしたうえに住んでたとこを追い出されるなんて、なんてひどいことを! そりゃ、何ももらえないよりはましかもしれないけど、金さえ渡せばいいってものでもなかろうに――これだからお貴族様ってやつは」
(おや?)
憤慨するマーサの様子にサキは首をかしげた。何か誤解があるような気がする。
「あの、母さんが死んだのは手違いがあったからだそうで、それから別に貴族の人は関係ない――」
「大丈夫、こんなに小さいのによく頑張ったね……! ジョンがあたしのことを思い出してくれて本当によかった」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。太っ――包容力のある身体に包まれて息が苦しい。
「あんたサキちゃんっていうんだって? 魔法が使えるらしいけど」
「あ、はい――」
「だったらいけるかもしれないねえ、ついておいで」
門の詰所での会話と同じようなことをつぶやきながら、マーサは果樹園のさらに奥へと歩き出し、サキもその後を追った。
昔、この辺りは農村だった。広がる王都に吸収され周りは姿を変えてしまったが、この果樹園は当時の姿を留めている。
その果樹園の作業小屋を改造した小さな家に、果樹園に隣接している王立の学園で講師を務める変わりものの魔法使いが住んでいた。
やがて彼は宮廷に仕官がかない、城の研究塔に住みかを移したのだが、それまで住んでいた家を手放す際にある条件をつけた。
「その条件ってのが、この家の鍵をあけた人に売ってほしいってやつでね」
「鍵を……?」
「あの先生は、自分の家にあれこれ魔法のしかけを施して、便利がいいようにしていたのさ。次の住人にも自慢のしかけをそのまま使ってほしい、でもそこらの一般人には使いこなせない――そこで、家に魔法の鍵をかけて、このしかけを解けるだけの力を持つ魔法使いに譲ることにしたんだ」
以来、マーサ達果樹園の管理人の家が代理人として売りに出しているが、いまだ家に入れた者はおらず、いつしか魔法屋敷と呼ばれるようになったとか。
サキは、神さまってば設定凝ってるなあと思った。
「さあここだよ」
マーサが立ち止まった先には、二階建てのこぢんまりした家があった。 裏の庭は果樹園と隣あっているようだ。道をはさんで学園の裏門と、そこから続く並木道が見えた。
魔法屋敷に向き直る。家と敷地全体を覆うように魔力の膜のようなものがあるのを感じた。
不安そうなマーサを横目に、サキは道から敷地内へと一歩足を踏み出す。
その瞬間、ふわりと魔力がほどけた。
しゅるしゅると玄関ポーチを満開のモッコウバラがつたい、窓の下の花壇にローズマリーが垂れ下がり、地面をタイムとカモミールが覆う。
裏庭でも同じことが起こっているようで、さっきまでは見えなかった月桂樹の葉が、こんもりと顔をのぞかせていた。
「おっどろいた――」
呆然とマーサがつぶやく。
きい、と軽い音を立てて、玄関の扉がひとりでに開いた。
マーサと一緒に家の中を探検する。玄関を開けてすぐに靴のまま入る応接間、靴を脱いで玄関を上がると台所と居間がひとつづきになっていて、その奥に階段が見えた。
「先生はね、魔法の実験をする道具が汚れるのを嫌って、普段から靴を脱いで暮らしてたらしいんだよ。変わりものだったからね」
そう言いながらマーサは食器棚の戸を開けて中を確認する。
「おやまあ、先生ったら家具から何から残していったんだろうか、これなら今日からでもここに住めそうだね」
家の中は清潔に保たれていて、空気もよどんでいない。用意されていた家具や道具類も、どれもシンプルで使いやすそうだった。
階段に隠れるように配置されていた風呂やトイレを興味深げにマーサが眺めている間に、二階に上がってみた。
二階は二部屋にわかれていて、軽く覗いてみたところ手前が寝室とクローゼット、奥が書斎だった。
本棚に並んでいたのは神さまにお願いしたものばかりだったので、また時間があるときにゆっくり読もうと寝室に向かう。
クローゼットには服や下着のほかに、大きなチェスト(つまりは宝箱なアレ)が置いてあった。ふたを開けて――ばたんと閉める。
もう一度そうっと開けて――やっぱり閉める。
「魔法ってのは大したもんだねえ、あたしも魔法が使えたならこんな家に住んでみたいよ」
魔法のしかけを一通りいじって満足したマーサが寝室にやってきた。
「ほんとですよね」
サキは、チェストいっぱいに詰まっていた金貨や宝石を、とりあえず見なかったことにした。
お金の支払い各種手続き登録を終える頃にはすっかり夕方になっていて、ついでだからうちで夕食を食べておいきと言われた。
マーサの夫のウィルが果樹園から戻ってきて少しすると、あれからどうなったか気になる衛兵さんたちを代表して、ジョンが訪ねてきた。
首尾よくいったと知ると、よかったよかったと我がことのように喜び(わざわざ家なんか買わずにうちの子になればいいにとウィルは笑っていた)、なぜかそのままジョンも一緒にシチューをごちそうになり、あれこれと一人暮らしの用心について言われながらジョンに玄関先まで送ってもらった。
「ただいま……」
サキに反応して自動で明かりが灯る。
しかし、いつもおかえりなさいとサキを迎えてくれた、あるいはサキが出迎えていた相手はもういないのだった。
帰り道の商店街で、サキは小麦粉を前に悩んでいた。
「どうしたんだい、サキちゃん」
店のおかみさんが尋ねる。
「あのね、木苺をとってきたからパイにしようと思ったんだけど……」
「思ったんだけど?」
「タルトのほうがいいかな、どうしようかなって」
困った顔で笑うサキに、それは確かに大問題だねとおかみさん。
甘酸っぱいジャムを挟んだパイも、カスタードクリームの上にぎっしり木苺を乗せたタルトも、どちらも捨てがたい。
今度会ったときに出したら、アルスは食べてくれるだろうか。どうせならアルスが好きなほうを作りたい、そもそも甘いものは大丈夫なのかしら――
(そうだ、アルス用に大きいお弁当箱を買おう)
頑張ってお弁当のバリエーションを増やしたら、一回といわずたくさん会えるかな。そうだといいな。
結局パイとタルトの両方、ついでにマカロンも作ることにしたサキは、必要な材料を買って足取りも軽く王立学園の門を通った。
正門から敷地内を突っ切って裏門に抜けると近道になるのだ。
併設されている図書館は一般にも開放されているので、学生でないサキが歩いていても見とがめられることはない。
「ただいまー」
誰もいないとわかっていても、声をかける癖がまだ抜けない。いつもなら少し寂しく感じるのに、今日は気にならなかった。
これは相当に浮かれているらしいと苦笑しつつ台所に向かう。
今日知り合ったばかり、それも出身が同じというだけのつながり。いい人そうではあったけど、実際どうなのかまではわからないというのに。
(ああ、でも――)
買ってきた砂糖や小麦粉を並べながらサキは思う。
(いつかこの家に招いて一緒にごはんを食べてみたいな)
だいぶ慣れたとはいえ、こんな小さな家でもサキ一人には広すぎるのだ。
クリームシチューメモ
材料
・とりモモ肉1枚(お好みでムネ肉でも)
・玉ねぎ1個
・にんじん1本
・じゃがいも2個くらい(かぼちゃでもおいしい)
・バター大さじ2
・小麦粉大さじ2
・牛乳2カップ
・もしあればローリエの葉1枚
・塩、コショウ
・サラダ油大さじ1くらい(割と適当)
・カレー粉(なくても可)
作り方
・ひと口大に切ったにんじんとじゃがいもを、かぶるくらいの水で柔らかくなるまで煮る。
・別のなべにスライスした玉ねぎとひと口大に切ったとり肉、ローリエの葉をサラダ油で焦がさないように炒める。しんなりしたらバターと小麦粉を加えて全体に粉をまぶすように炒める。
・にんじんとじゃがいもをゆで汁ごと加え、とろみがついたら牛乳を入れる。派手に沸騰させないように!
・塩、コショウで味付け。塩は、まず小さじ半分くらい入れて味を見ながら少しずつ調節するとよい(ぶっちゃけきっちり計ったことがない)。
・隠し味として、カレー粉を耳かき半分ほど入れると風味がよくなる。
追伸
・ローリエはちゃんと食べる前に取り出す。
・コンソメキューブを入れてももちろん大丈夫。その場合は塩を入れる前に味見して調節すること。
・各自好みに合わせて具の量や小麦粉、牛乳などを加減したらよいと思います。
・カレー粉はあくまでも隠し味としてほんの少し、絶対に入れ過ぎないこと!