side 千鶴 ――愛情は最高の調味料です
フラグとかそんな御大層なものではないけど、あのときのエピソード、会話をこの場面は意識しているな。みたいなやつ、本作でもないわけではない。
わりとあからさまなやつだけでなく、こむるが一人で満足してるちょっとしたものまで。
こむる的フラグ(伏線、布石、まあなんかそんな感じのやつ)の張り方と回収のしかた。
「あ、今書いてるシーンって、あのときの会話をフラグ的なやつにでっち上げて回収出来る気がするぞ!」
ごめんなさい、石を投げないで。
でも、風呂敷の広げ方なんて、案外こんなものではなかろうか?
今わたしは、王城の厨房で小麦粉と格闘している。
つい先日、ようやくアルスさんから森に出ていいとのお許しをもらい、明日は待ちに待った冒険者デビューの日。
何気に城の外に行くのも初めてだったりするわたしは、遠足前の小学生みたいにわくわくする気持ちを抑えることが出来なかった。
森に行く前に冒険者ギルドに寄って、皆の登録をするんだって。水晶玉みたいな魔道具で魔力を測定して、受付嬢に驚かれたりなんて、そんなお馴染みのイベントに遭遇しちゃったりするのかな。
粉を篩いながら笑みがこぼれる。
……わかってる。これがゲームでも小説でもない、現実なんだって。危ない目にも遭うだろうし、……命を、この手で奪うことになるんだって。
覚悟は出来ている……でも、まだどこかに拭い切れない不安は残っていて。
それを意識から追い出すかのように、殊更浮かれて見せているのだった。
「まだまだだなぁ、わたし――」
わたしなんかが本当に勇者で大丈夫なのか、という想いは常にあった。だって、ただの女子高生のわたしよりも、よっぽどエドガー達の方が強くて、勇者っぽいもん……。
(魔王と対峙した時に、勇者としての特別な力に目覚めるとか、あるといいんだけど)
落ち込みかけた気持ちを追い出す勢いで、ボウルの中のバターをホイップする。溶かしバターを使うレシピもあるけど、今回は家庭科の実習でやった通りに作ることにする。
そう、わたしが作ろうとしているのは、手作りお菓子の定番中の定番、クッキー。
何故わたしがこんなことをしているかというと、エドガー達やアルスさんに食べてもらうためだ。あ、もちろんマリアさん達女性陣にも。
訓練が一先ず形になったということで、これ迄お世話になったり迷惑をかけた人達に、何かお礼をしたくなったわたしは、何がいいだろうかと考えた。それはもう、必死に考えた。
アルスさんが髪を結わえるようになったのを見て、髪紐とかリボンはどうだろう、とも思ったけど。そもそも、男性陣にはアルスさんとキースさんくらいにしか需要がないし、第一お金もなければ王城から出ることもないわたしが、一体どうやってそれらを手に入れればいいというのか。よって、この案は却下。
他にも、イニシャルを刺繍したハンカチとか(時間もなければ腕もない)、カフスとかブローチみたいな小物とか(だから、お金もなければ以下略)色々考えてはみたものの、どれも現実的なく、結局、王城の中でどうにかなる、且つ、わたしにも作れるものとして、クッキーが最終候補に挙がったのだ。
マリアさんを通じて、厨房が空いている時間に料理することと、クッキーの材料を使う許可をもらった。嫌な顔ひとつせずに交渉を引き受けてくれたマリアさんと、快く許してくれた料理長さんには、ほんと、感謝しかない。
柔らかくなったバターに、粉砂糖を加えてふんわりと白っぽくなるまでよく泡立てる。こうすることで生地を絞りやすくなるそう。
塩を加えて混ぜ、さらに卵を数回に分けて泡立てていく。
家庭科の先生が言ってたけど、クッキーって、基本的には砂糖とバター(油脂分)と小麦粉が1:2:3で作れちゃうんだって。卵やベーキングパウダー、牛乳なんかは、食感とか風味を変化させるためのもので絶対必要って訳ではないみたい。
このレシピは、卵黄だけじゃなく卵白も入れることで、軽い口当たりに出来上がるんだとかなんだとか。
小麦粉を加え、ヘラに持ち替えて切るように馴染ませていく。乾燥させたイチゴをパウダーにしたものがあったから、生地の半分に混ぜ込んでピンク色にしてみた。きっとマリアさん達が喜んでくれるんじゃないかな?
星型の口金を付けた絞り袋に入れて天板にどんどん絞り出していく。中心から渦を巻くようにくるっと絞ると、お花みたいで可愛いよね。一色ずつのものだけでなく、二色に分かれたクッキーも作る。
なんか、昔こんな風に何色かに分かれた歯磨きのチューブが欲しくておねだりしたことがあったっけ。あれ、おしりの方から絞っていかないと綺麗に色が出ないんだよね。
焼いている間にだれたりしないように、厨房に備え付けの大きな冷蔵庫(もちろんこれも魔道具)に入れて少し冷やしてから、焦げ色が付かないよう低めの温度で焼き上げていく。
現代日本のオーブンみたいにきっちり何度って設定できないから、その辺の調節は料理長さんのお世話になった。
こういうとき、魔法で冷やしたり焼いたり出来たら便利なんだけど。
実は、この世界には異世界転移ものにお馴染みの生活魔法が存在しないのだ。
小規模なものから大きなものまで、火は火、水は水ということらしく、もし料理に火魔法を使おうと思うのなら、自分で火力の調整から何までやらないといけないんだって。
レオン君とかならともかく、そんな繊細なコントロールはまだわたしには無理だし、第一そこまでして魔法を料理に使わないといけないわけでもない。
――っと、焼き上がったかな?
オーブンから取り出し、網に乗せて粗熱が取れたところで、ちょうどマリアさんが迎えに来た。
「マリアさん! 丁度出来上がったところだよ。上手く出来てるかな?」
「まあ、チズル様――まるでバラみたいでなんて可愛らしいんでしょう。食べるのが勿体無い位ですわ」
「ふふっ、気持ちは分かるけどちゃんと食べてね。その為に作ったんだから」
綺麗なレース模様の紙ナプキンを敷いた籠にそっと入れながら笑うと、横から出来上がりを覗き込んでいた料理長さんが、感心したように言った。
「いやいや、勇者様がお菓子を作りなさるっていうから、もし酷いことになりそうなら手を貸してやらなきゃと思って見てたけど、なかなかどうして。うちで働いてもらってもいい位だよ」
「わ、そんな。お世辞でも嬉しいです。えっと、これ――」
小さな木皿に何個か取り分けておいたクッキーを料理長さんに手渡す。
「厨房を使わせてもらってありがとうございました。素人の作ったものだけど、よければお礼に」
「ああ、喜んでいただくよ。色の付け方とか形の作り方とか、参考になりそうだ」
クッキーの入ったお皿を手に、料理長は嬉しそうにしてる。もしかしたら、その内わたしのやったみたいななんちゃってバラじゃなくて、本当にバラの形のクッキーとか出来ちゃったりして。
部屋に戻ったわたしは、ダンスの特訓のためマリアさん達の手によってドレスに着替えさせられた。
今日は忘れな草色のドレスに金糸で刺繍されたシャンパンベージュのシフォンを重ねたエンパイアラインの一着。胸元で切り替えられたスカート部分はすとんと落ちているけど、たっぷりのギャザーが入っているから、きっとターンする度にふわりと広がって綺麗だろうなと思う。
肩紐を兼ねたシフォンの小さな袖が、申し訳程度に肩を覆っている。ドレスだけだとちょっと寂しい首元には、クリーム色の真珠を連ねたネックレス。
刺繍の色と模様に合わせて蔦を型どった金の髪飾りを、緩くハーフアップにした髪に挿し、目元にはゴールド系の、チークとルージュにはコットンピンクのメイク、レオン君からもらった魔道具のブレスレットを着ければ完成だ。
クッキーの入った籠をマリアさんに持ってもらい、皆のもとへ向かった。
あ、もちろん侍女さん達用のクッキーは、部屋に戻った時に「皆で食べてね」と言って渡してある。ピンクのお花が可愛いって好評だった。やったね。
ダンスの特訓が終わったタイミングで、紅茶と一緒に出したクッキーは、却ってこっちが不安になるくらいに大喜びされた。
「チズルは凄いんだな! こんな美味いお菓子を作れるなんてさ!」
「ああ、優秀な学生であるだけでなく、料理にまで造詣が深いとは」
いやいや、そんな、大袈裟だって。わたしが作れる料理なんて、ちょっとしたものとか、それこそ学校の授業で習ったものくらいだし。
それに、どんなにベタ褒めしてもらったところで、所詮は素人だからね! こんな何の変鉄もないクッキーなんかよりも、もっと見ためも味も高級なものを普段から皆食べ慣れてるでしょう!?
あ! そうか、だから却って珍しくていいとか!
予想外の反応に、何と返していいかわからずぐるぐる考えているのが顔に出ていたのか、キースさんが微笑まし気に笑って言った。
「確かに、王城や神殿で出されるものは、一流の料理人によるものでしょう。それに比べて見劣りするとチズル様は感じられるのかも知れません。ですが、チズル様の作られたこのクッキーには、わたくし達に食べて貰いたい、喜んで貰いたいという気持ちが一杯に詰まっていて――いえ、城の料理人にそういった気持ちがないということではありませんが――こんなに美味しいクッキーは初めて食べました」
「うぅ……そう言ってもらえて、嬉しいです」
赤くなった顔を誤魔化すように俯いてピンクイチゴ味のクッキーをぽりぽりかじる。そんなわたしの様子に、エドガーとレオン君も笑った。
あ。そういえば。
一人静かに紅茶を飲んでいるアルスさんを、横目でちらりと見る。どうやら、ほとんどクッキーには手を付けていないようだ。
最初クッキーをテーブルに乗せた時も、何だか苦虫を噛み潰す……という訳ではないけど、どこか困ったような、不思議な表情をしてたし、もしかしたら甘いものがそこまで好きでないのかも知れない――あれ、普段のお茶の時ってどうだったっけ? 皆との会話に夢中になっててよく覚えてないかも……。
「あの……もしかして、お口に合わなかったり、しました?」
そっとアルスさんに尋ねると、ぱちりと目を瞬かせ、
「いや、そんなことはなかったが。少し考え事をしていた、すまない」
とブレーンのクッキーを手に取り、口に入れた。
「軽い食感の生地が、絞り出しの形状とよく合っていると思うよ」
「っ……!」
穏やかな声で(どこか悟ったような遠い目をしていたような気がするけど、たぶん気のせいだと思う)感想を告げられ、わたしの心臓がひとつ跳び跳ねた。――って、あれ? なんで?
「アルスもそう思うだろ!? 俺、クッキーはこれくらい軽い方が好みかも」
内心首を傾げているところに、テーブルの向かいから、嬉しそうにレオン君が身を乗り出してくる。
「なあ、チズル。このクッキー半分残しておいて明日森で食べようぜ」
「レオン……ピクニックじゃないんだぞ」
無邪気な発言をするレオンに、呆れたように言うアルスさん。エドガーとキースさんも、しょうがないな、という顔をしている。
「アルスさんの言う通りですよ、レオン」
「全くだ。俺は騎士団の演習で森の魔物と戦った事もあるが、お前は実戦はこれが初めてだろう? もっと気を引き締めろ」
「大丈夫、分かってるよ――」
そう答えるレオン君の、いつも通りに見えてほんの僅かに強張った笑顔に、隠しきれなかった微かな声の震えに、そうか、レオン君もわたしと一緒だったんだ、と気付いた。
そう、レオン君だけでなく、エドガーも、キースさんも。皆、明日を前に緊張してる。年長組はそれを悟らせないように上手く振る舞っているけど、それが出来ないわたしはクッキー作りを張り切ってみたり、レオン君はいつもより陽気に、饒舌に。
「訓練通りに動けばいいだけだ、想定外の事が起きても、お互いにフォローし合えばいい」
力強いエドガーの言葉に、わたし達はしっかりと目を見合わせて首肯く。そうだね、きっと大丈夫――
だけど……わたし達は本当の意味では理解出来ていなかったのだ。
森で戦うということ、お互いの役割を果たすことの大切さと難しさ――これは現実だと、この世界で皆生きているんだと分かっていたはずなのに。
どこかゲーム感覚で戦いを捉えていたから、自分は皆に崇められる勇者だから上手く行く筈なんだという、根拠の欠片もない驕りがあったから。きっとその所為なんだろう。……あんなことになってしまったのは……。
・夏野菜のオーブン焼き(毎日収穫されるミニトマトを何とかしたいその2ともいう)
毎日生野菜のサラダは飽きた。温野菜サラダもマリネも取り入れたけどもう少しバリエーションがほしい。
そんなあなたにおすすめなのがこれ。
材料:
・ミニトマト、ししとうがらし、サヤインゲン、ズッキーニ、ナス、アスパラガスなどの野菜
・塩(粗挽きの岩塩などがおすすめ)
・粗挽きこしょう
・オリーブオイル
作り方:
・オーブンの天板、耐熱皿などに野菜を並べ、塩、こしょうをふり、オリーブオイルを回しかける。
・200~230℃のオーブンで15分ほど焼く。焼き加減は各家庭のオーブン具合で調節しましょう。
・そのまま、しょうゆをかける、ドレッシングをかけるなど、お好みの食べ方でどうぞ。
メモ:
・ナス、ズッキーニなどは食べやすい大きさに切る。ししとうがらしも大きい場合は半分に割る。
・パプリカ、カボチャ、ジャガイモ、タマネギ、オクラなど可能性は無限大。もちろんベーコンやソーセージ、とり肉などを入れるのも有りでしょう。
・乾燥ハーブ、塩こしょうのかわりにクレイジーソルトをふるのもよいでしょう。
・マリネした野菜を焼くのもまたおいしい。
・オーブンで焼くのがめんどくさい?こむるもです。そんなときはフライパンに並べて、火にかけて蓋をしてしまいましょう。今流行りのスキレットとかいうやつを使うのも、そのまま食卓に出したりしたらおしゃれでよいと思います。
・オリーブオイルのかわりにグレープシードオイルを使うのも好きです。




