おうちへ帰ろう
作るのはやっぱりシチューかな。
番外あれこれ
サイドを編み込んでハーフアップにして、顔の横におくれ毛を垂らしたら異世界ヒロインの完成。ハーフアップにしなくても細かく編み込むのはもはや常識。
シフォンやオーガンジーなどの透け素材をふんだんに使って作られたグラデーションを軽やかに身にまといましょう。
“中世ヨーロッパ風”な世界のくせにファッションはずいぶんと時代を先取りしてるよねと思うこむるでした。
ちなみに、コルセットを一度に五センチ以上しめるのは健康を損うおそれがあるのでやめましょう。
普段からしめ慣れている転生ヒロインさんはともかく、トリップヒロインさんがいきなりぎゅうぎゅうにしめるのは大変危険です。
すぐに失神するヨーロッパのご婦人がた、気絶カウチ、気付け用ブランデーやアンモニア――それらにはちゃんと訳があるのです。
衛兵のジョンとはじめて会ったのは、この世界にやってきた日のことだった。
「――ここ、どこ?」
神さまに別れを告げたあと、サキは草原のまん中にぽつんと立っていた。
生成り色のワンピースと焦げ茶色のケープ、足には革の編上げ靴をはいて腰まである髪をお下げにした格好。肩掛けのかばんをひとつ提げている。
いつもより低い視点、関節ひとつ分くらい小さくなった手――
(ほんとに十歳に戻ってる……?)
あたりを見回せば、それほど離れていないところに街道と、その道をたどった向こうに城壁にかこまれた街が見えた。
(――とりあえず、持ちものの確認をしよう)
かばんを探ろうとして、ポケット部分に手紙が入っていることに気づく。差出人は神さまからだった。
手紙には、今いるところがエスター王国の王都ヨランダであること、このかばんは収納の魔法がかかっていて、中には家の購入資金(購入とはどういうことだろう?)とおよそ一年分の生活費がそれぞれ入った袋、小銭が入った財布があると書かれていた。
サキの住むことになる家については、最初に出会った人の質問には素直に答え、指示に従うこととだけあった。
首をかしげながら手紙をしまい、王都に向かって歩き出す。三十分ほどで着いたそこでは、二人の衛兵さんが立っていて、門を出入りする人たちの身元確認と通行料を徴収しているようだった。
「おや、見ない顔だね。ヨランダははじめてかな? なにか身元を確認できるものはあるかい」
王都ヨランダ。この国を建国した王の妃の名を冠した都。言葉もわかったし、この世界の知識もある。
「ごめんなさい、持ってないんです。どうしたらいいでしょう」
「お嬢ちゃん、一人でここまできたのかい? お父さんかお母さんは?」
二人のうち、歳をとった方の衛兵さんがたずねてきた。
「父さんは小さい頃になくなりました。母さんは――ここに来る少し前に、事故で私を車から庇おうと」
「いやいい、もういいから!」
神さまの指示通り素直に答えようとしたら、なぜか焦った顔の衛兵のおじさんに止められる。
「辛いことを思い出させて悪かったな、お嬢ちゃん。身分証がない場合は、名前と訪問の目的、滞在日数の予定を書いてもらうことになっている。字が書けなかったら代筆もできるが」
「大丈夫、書けます」
門の隣の詰め所に案内され、用紙に記入していく。名字は書かないで名前だけで、歳は十歳、移住が目的――
「この街に住むつもりで? いや、それはいいんだが」
衛兵のおじさんは心配そうにしている。こんな十歳そこそこの子供が一人で暮らすというのだから、住む場所はあるのか、お金は大丈夫なのかと心配にもなるだろう。
「事故は、その――偉い人の手違いで起こったんですけど、そのお詫びでお金をもらったんです、家が買えるくらいには」
思わずため息とともに本音がもれる。
「わたしを育てるために苦労をかけてきたから、働けるようになったらいっぱい稼いで楽にさせてあげたいし、家も小さくていいから一軒家に住ませてあげたいと思ってたんです。でも、その家を母さんの命で手に入れたって意味がない……」
うっ、とおじさんは胸を押さえた。
「ううっ、ひっく……」
突然聞こえてきた泣き声に振り返ると、詰め所にいた別の衛兵さんが目を赤くして泣いていた。
「かわいそうになあ、大丈夫、いつか、いつかいいことが、うっ、あ、あるから――」
サキの隣の机でなにやら手続きをしていた行商人らしいおじさんからは、強く生きろとあめ玉の詰まった袋をもらった。
どうやらうっかり話しすぎてしまったらしい。
「そうか、しかし家か――」
涙を拭いながら衛兵のおじさんは思案顔になった。何を考えているのかはわかる。果たしてお金があったところで、買うにしろ借りるにしろこんな子供に売ってもらえるだろうか、ということだろう。
「そうだ、お嬢ちゃん、魔法は使えるかい?」
とまどいながらもうなずく。
「急にどうしたんだ、ジョン」
「もしかしたらマーサのところならと思ってな」
「ああ、あの魔法屋敷! あそこならたしかに」
「でも今まで誰も成功しなかったというじゃないですか」
なぜか商人のおじさんまで一緒になってなにやら盛り上がっている。
「だが試してみる価値はあるだろう? それに、もしだめでもマーサなら悪いようにはしないと思ってな」
「あのマーサだからなあ」
「そのまま自分のところに住めとか言いかねませんね」
衛兵のおじさん――ジョンというらしい――が、地図とマーサという人に宛てた手紙をさらさらと書いてサキに手渡し、訳ありだが格安の家に心当たりがあるのだと説明した。
「ほらお嬢ちゃん、この場所に行ってみるといい。絶対に大丈夫とは言えなくて悪いんだが」
「いえ、親身になっていただき、ありがとうございました。これからマーサさんを訪ねてみます」
ジョンたちに丁寧にお礼を述べ、王都の西、憩いの場として一般に開放されている果樹園を目指す(もちろん通行料はちゃんと払った)。マーサはそこの管理人の奥さんなのだという。
石づくりの街並み、にぎやかな大通りは馬車や荷馬が行き交い、色とりどりの目や髪の、見慣れない服装の人でひしめいている。
ああ、ここは日本ではないのだと、サキは実感させられるのだった。
こむるは、服装について詳しく描写するスタイルは採用しておりません。理由としては、そういったこまごましたことを全て書くことでリアリティ、あるいは“ちゃんと設定してる感”が表現できるという考え方(偏見)に懐疑的だからです。
全くの余談ですが、こむる的異世界ファッションの好みは、マジ物の中世ヨーロッパ風、ロシアから東欧あたりの民族衣装、中華と西洋のハイブリッドなど。
同士の人いないかしら。