side千鶴――旅の終わりに
本日6話更新 5/6
ひとつネタばれすると(というほどのものでもない)、千鶴さんのイニシャルは“茶番”の“Ch”なのでありました。
「――え? うそ、何で……?」
わたし達は、目の前に広がる光景に呆然としていた。
――あれ? なんで、わたし達、サキちゃんの家にいるの――って、ここエスターの王都にあるサキちゃん家……でほんとに合ってるの……?
「え、ここって、チビん家……?」
「どういうことだ、これは……」
「ええ……一体何が……」
エドガー達も困惑頻りで辺りを見回している。後ろを振り返って見ると、そこにはラズベリーを這わせたアーチ状の木戸と、その奥には白い花を満開に咲かせたリンゴ畑――つい数十秒前までわたし達がいた筈の、ベルーカの王城は影も形も見えなかった……。
ベルーカを旅立つにあたって、もう一度魔の森を突破――何てことは、流石に選択肢にも挙がらなかった。
レオン君が森の向こうまで頑張ってくれて(わたしは転移魔法はまだちょっと、その……)、それから各国の転移魔法陣を使わせてもらって――って感じになるんだと思ってたんだけど。
移動に関しては自分達に任せて欲しいと言われて、アトリさんとかの魔法使いの人が送ってくれるのかな、じゃあお言葉に甘えさせて貰って、ってことになって。
それで当日。周りにはわたし達と、それから同行することになっているセニエさんがいるだけで、あれ?ってなってるところに庭園の奥の方まで案内されて。
で、そこにあったアーチ付きの木戸を通り抜けたと思ったら――わたし達はここにいたのだった。
わたし達が目を白黒させているところに、かさかさと草を踏む音がして、見覚えのあるベルーカの侍女さん――確か、サキちゃんとよく一緒にいる人じゃなかったかな……多分?――が表の方からやって来た、手には布を敷いた籠と花鋏を持っている。
「まあ、ナタン様」
「ああ来ていたのですね、メイシー。――姫は工房に?」
「ええ――少し前に陛下がお迎えにいらっしゃいましたから、今頃は草原へ向かってらっしゃるかと思いますわ」
にっこりと笑って侍女――メイシーさんは壁際のベンチに籠と鋏を置くとセニエさん――と、あとついでにわたし達――を綺麗なカーテシーで見送ってくれた。
「いってらっしゃいませ、どうぞお気を付けて」
「ええ――あまり遅くならないうちに戻るつもりではいますが」
「ああナタン様、姫様が時間が合えば夕食をご一緒に、と」
「それは楽しみですね」
なんだかとても慣れた様子で王都ヨランダを歩くセニエさんに、魔法を使ってもいないのにどうやって移動したのか訊ねたところ、なんでもあの木戸は見た目通り果樹園と魔法屋敷を行き来するものであると同時に、ベルーカ王城の庭と繋がっている転移門でもあり、サキちゃんは別にベルーカに引っ越した訳ではなく、これを使って王城に通っているそう。
――うん、そういえばそんなことを侍従さんが話してたね……ていうか、必死の思いで魔の森を越えたわたし達の苦労って一体……。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう、セニエさんが説明するには、確かに魔法屋敷を通るでもアルスさんがわたし達を転移魔法で連れて行くでも、ベルーカに行くのはとても容易いことだった。でも、それでは辿り着いた先がベルーカであると――“外”の人達が魔族の国だと思っている場所であると信じて貰えない可能性があるからと。だから“自力で”魔の森を抜けて来て貰ったのだと。
そう言われてしまうと……納得するしかなかったっていうか。しかも、わたし達が森で危険な目に遭わないように魔物の間引とか騎士団の人達による陰ながらの警護とか……そっか、知らなかったなぁ……。
そんなこんなでわたし達の旅は終わり、エスター王国の上層部は頭を抱えることになったのだった。
何しろ、魔の森を突破したというだけでなく、実は“魔族”も魔物を操る“魔王”も存在しなかったという真実を持ち帰ってしまったのだ、しかもその証人付きで。
さらには、その証人は今後一切の勇者召喚の取り止めと召喚魔法陣の完全撤廃を求めている訳で。
それはもう、大変な騒ぎになった。
勇者召喚を取り止めると言っても各国との兼ね合いが、王国の威信が、“実は魔族はいませんでした”なんて民にどう説明したら、そもそもそんな本当か嘘かも分からな――(これを発言した人は、まるであの時のアルスさんを思わせるようなブリザード吹き荒れるセニエさんによって説得された……合掌)、等々。
紛糾する会議で毎日よれよれになって部屋に戻るわたしに、マリアさんは物凄く心配そうにしてるし、エドガー達も日に日に目の下に隈を作ったり憔悴していったりで……。
それでもどうにか今後に向けたプランの骨組み――のそのまた骨組みのようなものが形になり。
今日は“魔の森を突破し、かつてない成果を上げた勇者パーティー”の凱旋パレードと夜会の開かれる日。
通りを埋め尽くす王都の人々に手を振る。
人々は歓声を上げ、親に抱かれた子供達は一生懸命こちらを指差し。
何もかも前回のパレードと同じ光景――だけど、隣にアルスさんの姿はなく……。
一応、セニエさんがこちらにやって来た時に言伝てを頼んだり、冒険者ギルドを通して打診はしてみたもののさくっと断られたのだ。
「あっ……――」
「急にどうしたんだ、チズル?」
わたしは手摺から思わず身を乗り出しかけていた。
「レオン君、今あそこに……ううん、何でもない……」
一瞬、黒髪の女の子を抱いた金髪の男の人が見えたような気がして。
でも、それもすぐに人の波に飲み込まれて分からなくなってしまったけれど――。
パレードが終わったと思ったら、やれやれと思う間もなく全身ぴかぴかに磨き上げられて飾り立てられて、夜会という名の戦場へと送り出された。
旅の間に訪れた国で大分慣れたとはいえ、やっぱりこういう場は緊張するなぁ、と若干顔を引き攣らせていると、大丈夫だとエドガー達が励ましてくれる。
「何も心配することはないさ、私達がついている」
「ええ、絶対にチズル様をお一人には致しませんから、安心して下さい」
「食べたいものとか飲みたいものとか、すぐ取って来てやるから遠慮なく言えよな」
「皆……ありがとう」
感謝を込めて三人に笑い掛ける。
エドガー達はどこか照れたようにはにかんだり、穏やかに笑い返したり、赤くなった頬を誤魔化すように横を向いたり。
楽団が、軽やかなワルツを奏で始めた。ホールの中央に、手に手を取って人が集まり始める。
「ああ――ダンスが始まるな」
人の流れに目をやったエドガーが、すっと恭しく手を差し出した。
「「「どうか、一曲踊って頂けませんか?」」」
同時に差し出された三本の腕と重なる声。
「……ふふっ、ねえ、わたしそれで誰と踊ればいいの?」
わたしはつい吹き出し、それから、思わずといった感じで顔を見合わせた三人も声を上げて笑う。
こんな日がいつまでも続けばいい――そう願いたくなるような、暖かな光景だった。
お疲れ様でした。




