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side千鶴――それを卑怯と取るか勇気と取るか

本日6話更新 3/6



“登場人物紹介で裏設定を書きまくるネタ”のためだけにねじ込んでいた伏線的なやつをここで回収してみる試み。



 

 わたし達の客間が並んでいる廊下の突き当たりにあるバルコニー、そこの石造りの欄干に凭れ、わたしは一人夜空を見上げていた。


 ――あまり歓迎されていないらしいことは分かっていた。


 でも、あの彼女の態度は……


「チズル様?」


 カタリ、とバルコニーと廊下を繋ぐ扉の開く音がした。


「こんな時間に、どうなされたのですか……?」


「キースさん……」


「隣、よろしいですか?」


 そう訊かれて頷くと、キースさんはふわりと微笑みを浮かべ、欄干の側までやって来た。


「……星の美しい夜ですね。こうしていると、魔の森の向こう側に居るのだということを忘れそうになります」


「ふふ、そうですね。あんなに意気込んで森を抜けるんだー、って言ってたのが嘘みたい。……――」


 そう。あの頃は、自分は紛れもなく“正義”なのだと、信じてたのに……。


「どうやら、チズル様の今の悩みはその辺りと関係があるようですね……」


 はっと隣を振り仰ぐと、ほんの少し眉を下げて苦笑するキースさんの顔があった。






 話してみては下さいませんか? との言葉に誘われるように、わたしはキースさんに今日の出来事を語っていた。


「そうですか……アルスさんのことを陛下と呼ぶように、と――」


「あ、えっと。そのこと自体はちょっと寂しいけどいいんです。良く考えてみれば当然のことなんだし、わたしは身分制度のない国から来たからそういう感覚が良く分かってないから、指摘してもらえることは有り難いことだなって思うから――」


 実際、エスターにいた時とか旅の途中で滞在した国では、マナーとか言葉遣いとか、多分相当怪しかったのを勇者だからってことで見逃して貰えてたんだろうし。


「ただ、わたし彼女に――この王城の人達にそこまで嫌われていたなんて思っていなかったから……」


「チズル様……」


「……確かにわたし達、“魔族”と“魔王”の討伐って名目でここまでやって来たし、そんなに良く思われてなくても当然と言えば当然なんですけど。でもそれだけなのかな、他に何かわたしやってしまったのかな、って――」


 情けなさに、たはは……と眉を下げて笑う。


 じっと話を聞いてくれていたキースさんは、少しの間考えを纏めるように目を閉じていたが、やがて。


「恐らく、なのですが……」


「はい――」


 躊躇いがちなキースさんの前置きにこくりと頷く。


「彼等の敬愛する王であるアルスさん――アルス陛下とお呼びするべきでしょうか――に対して、わたくし達の接する態度が彼等の許容範囲を越えて気安過ぎたということもあるのでしょう」


 侍女さんは、わたし達が思っているような絆がアルスさんとの間に存在するのかと訊いた。


 彼女の言う通りそんなものは存在せず、わたし達から押し付けられる“信頼”をアルスさんはもしかしたら迷惑にすら思っていたかもしれないのだ。


「ですが――」


 とキースさんはそっと目を伏せる。


「それ以上に、わたくし達がサキさんにしてしまったことが許せない。そういうことではないでしょうか……」


「あ…………」


 あの日の、お母さんがいないと、何故助けてくれなかったのかと訴えるサキちゃんの悲しげな姿が苦く思い出される。


「ここに来てから、サキさんが子供達と遊んでいたりご老人の方と楽しそうに歩いている姿を何度か見掛けましたが、それを見守る侍女や護衛騎士の方々の目はとても優しくて――サキさんがこの城の人達に愛されているのだなと、彼女は孤独ではないのだと安心しました」


「ええ、そうですね――……」


 サキちゃんが一人で暮らしているのを誰よりも心配していたキースさんだったから、ほっとする気持ちも人一倍だっただろうと思う。


「そんなサキさんに、わたくし達エスターの人間は取り返しのつかないことをしてしまいました……。お母様と共に召喚に巻き込み、本人を前にして無責任な発言を繰り返し。――本当に、謝っても謝り切れないことを……」


 それは、わたしも一緒だ……。


 知らなかったとはいえ傷口を抉るような酷いことを言ってしまったし、この国の事情やサキちゃんの気持ちを全く無視した独り善がりな“思いやり”を押し付けようとした。


「彼等の大切な“姫君”にそのような仕打ちをした者へ向ける目が、厳しいものになるのは当然、なのでしょう――」


「そう――そっか……考えてみたら、当たり前のことですよね」


 こんな、考えるまでもないようなことで頭を悩ませていた自分に、思わず自嘲の笑いが漏れる。


「……大丈夫ですよ、チズル様」


 顔を上げると、優しい目をしたキースさんがいた。


「友情や信頼なら、これからでも築いていけばいいのですから。そのためにも、今はわたくし達に出来ることを……召喚の問題について一つ一つ確実に、全力で取り組みましょう。そうすればいつかはきっと――」


「――サキちゃんと、仲直り出来るでしょうか」


 不安を隠せないわたしに、キースさんは微笑んで頷いてくれた。


「わたくしは、そう信じていますよ。それに、悲しいではありませんか。せっかく故郷を同じくする者同士が仲違いしたままだというのは……」


「ええ――そうですね」


 落ち着いた声音のキースさんと話している内に、きっと大丈夫だと希望を持てるようになってきた。


 大丈夫。焦らなくてもいつかサキちゃんと笑い合える日が来る。そうしたら、この王城の人達とだって仲良くなれる――


「キースさん、ありがとうございます。相談に乗ってもらって、心が軽くなりました」


 思えば、相馬さんの手記について初めて打ち明けたのもキースさんだった。――自分の中でこんなにもキースさんのことを頼りにしていたのかと改めて気付かされる。


「ふふ、流石は神官様ですね」


 と笑い掛けるわたしに釣られて微笑みを浮かべたキースさんだったが、ふとその笑みを曇らせて、


「ですがわたくしは――本当はそのように仰って頂けるような立派な存在などではないのです」


 と苦し気に告げるのだった。






 そんなことない、と言おうとしたわたしを遮るように、キースさんは続ける。懺悔するように――自らの愚かさを嘲笑うかのように。


「わたくしは、知っていたのです――」


「……キースさん?」


「神殿の中でも、極限られた者のみに伝えられてきた秘密があります。それを、わたくしは勇者のパーティーの一員として特別に教えられるという名誉を授かりました」


「凄いことじゃないですか」


 そう言うわたしにけれどキースさんはいいえ、と首を横に振り。


「確かに名誉だと、思いました。その内容を知るまでは――そう、わたくしは、“魔王”など、“魔族”など存在しないことを、彼等はただの“人”であることを初めから知っていたのです……」


「!――……そんな、まさか……」


 ――でも、思い返してみれば。


 確かにキースさんは、わたし達がまだベルーカについて何も知らなかった頃から、一度も彼等のことを“魔族”とは呼んでいなかった……?


「その上でわたくしは命を受けていました。この真実を勇者に知られぬよう魔の森の適当な所で引き返し、“魔王討伐”を真の意味で成功させてはならない、と」


「え、でもどうして――?」


「“魔王”という“脅威”が存在し続けた方が神殿にとっては都合が良かったのですよ。その方が神殿の権威を、求心力を保てる、と」


 その余りにも身勝手な理由にわたしは息を呑み、キースさんは苦く笑った。


「それは、恐らくエスター王国側でも同じことだった筈です。彼等がどこまで真実を知っていたのかまでは分かりませんが……」


「あ……――」


 “――なにか、魔族が敵でなければならない理由でも?”


 この国にやって来た日、サキちゃんはそう訊ねた。そして――わたしも感じたことがなかった訳ではないのだ。勇者として自分に求められているのは、“魔王の討伐”ではなくて“魔の森での適当な戦果”なのではないか、って――


「本当なら、チズル様から『賢者の手記』について相談を受けた時に打ち明けるべきでした……。ですが、わたくしは自らの保身の為に素知らぬ顔をして――愚かな卑怯者なのです、わたくしは……」


「キースさん……」


 “卑怯者”だと、キースさんは自分のことをそう言うけど……。


「わたしは、そうは思いません」


「チズル様……?」


「だって、自分の所属する組織に逆らうって、凄く大変で勇気のいることじゃないかなって思うし……。その、わたしはただの学生だったから本当には分かってないかもだけど……」


 そう。それに、知ってたことを話してはくれなかったかもしれない。だけど、


「反対することだって、止めさせることだって出来たのに、キースさんはわたしがやろうとしたことを応援してくれたじゃないですか」


 皆に魔の森を抜けたいって打ち明けた時、どれだけの覚悟で“わたしを守る”って言ってくれたんだろう……? もしかしたら神殿と敵対するかもしれないというのに。


「今だって。ずっと言わないでいることだって出来たのに、そうはしなかった。卑怯者なんかじゃない、やっぱりキースさんは凄い人です!」


 と、両拳を胸の前でぎゅっと握って主張する。


 ね? と笑い掛けると、


「チズル様――貴女という方は……」


 キースさんはちょっとだけ困ったような顔で笑って、


「きゃっ――キ、キース、さん……?」


 次の瞬間、わたしはキースさんの腕の中にいた。


「本当に――――チズル様には救われてばかりですね……」


「そ、そんなこと……」


 ない、と言おうと顔を上げた途端、愛おしそうにこちらを見詰める瞳と視線がぶつかり、思わずかっと頬が熱くなる。


 さっきから心臓はうるさいし、顔どころか耳まで真っ赤になってしまっているに違いない。


 しかし言ってしまえば()()()()で、居たたまれなくて逃げ出したいとか、焦って内心パニックになるとかいったことはなく、不思議と居心地のよさを感じていて――。


「貴女との出逢いに、心からの感謝を――」


 額に、柔らかいものがそっと触れる。


「わたしこそ。一緒に旅をしたのがキースさんで良かったです……」


 思えば、重要なことを相談する時はいつも、自然とキースさんを相手に選んでいた。こんなにも自分はキースさんのことを頼りにしていたのかと改めて思う。



 そしてきっと――。



 それはこれからも変わらないのだと、確かな予感がわたしの中に芽生えているのだった。




お兄さん懺悔が長い……

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