side千鶴――月はいつも側にあった
本日6話更新 2/6
そういえば、身体のどの部分にちゅーするかで意味が変わるらしいんですけど、そういうのをきっちり暗記して意識して実践する男の人とか、なんかやだ。
意味があるのだとしても、多分異世界では通用しないと思うんですよねー。
わたしはベンチに座って月を見上げていた。
この庭は失恋の記憶(と黒歴史……)が付き纏う場所だけど、エスターの王城で多くの時間を過ごしたあの中庭の雰囲気に引き寄せられるのか、結局何かあるとわたしはここに来てしまうのだった。
侍女さんに言われたことについて考える。
「陛下、か――……」
彼女の主張は全く以て正しい。
そう、余りにも正し過ぎて。
自分の駄目さ加減を否応なしに思い知らされて――。
こんな所にもまだ甘えが残っていたんだなって。
「……それでも、わたし達にとっては仲間、だったんだけどなぁ……」
「仲間がどうしたんだ、チズル?」
「え、きゃっ……」
自嘲の笑いが漏れたその時、急に声を掛けられて飛び上がってしまった。
「――って、エドガーだったの」
「ああ、驚かせてすまなかった――こんなところで一人で座って、何か悩み事か?」
苦笑しながらエドガーは、いつもエスターでそうしていたように隣に座る。
「……ふふ、凄いなあエドガーは。一発で見抜いちゃうんだ」
「伊達にチズルの夜の散歩に付き合ってないさ」
二人で笑い合って、それから少しの間何も言わずに庭を眺めていた。
「……侍女の人にね、名前でなくて“陛下”と呼べって――不敬だからって」
「チズル……」
「それで、もしアルスさんの許可を貰えたのだとしても、私的な場所でのみそう呼ぶべきだって……」
そう言って力なく笑う。
「アルスさんがわたし達のことを仲間だとは思ってないことは分かってる。だから、きっとそんな許可は貰えないってことも」
「だがそれは、訊いてみなければ分からないことだろう?」
わたしは目を伏せ、ゆるゆると首を振った。
「“一度引き受けた以上依頼はこなす”」
「――?」
そう。これはあの夜告げられた台詞――
「わたし達はただそれだけの存在なんだって、そう……アルスさんが……」
「それ、は……」
「あ、ううん、そのことはもういいの……って言ってもまだ完全に割り切れた訳じゃないんだけど、アルスさんにも立場とかサキちゃんの事情とか、色々あったんだし……」
だから、例えアルスさんはそう思っていなかったとしても、わたし達の方で勝手にアルスさんのことは大切な仲間だと、そう思っていればいいんだと。
「でも、そのことをアルスさん以外の人に――侍女さんに突き付けられて……そっか、この城の人達は、心の中ですら仲間でいさせてくれないのかなぁって、そう思ったら、なんだか……」
こみ上げそうになる涙をぐっと堪える。
「思っていればいいじゃないか」
「え――」
その力強い声に顔を上げると、エドガーは真っ直ぐにわたしの目を見て頷いた。
「他の誰がなんと言おうと、チズルがこの世界にやって来てから私達と過ごした時間は――この旅でチズルが感じた気持ちは紛れもない本物なのだから」
「エドガー……」
「それは、誰にも否定出来ないチズルだけのものだ」
わたしの両手を、エドガーの大きな手が包み込む。
「うん、そっか――そうなんだね……」
――なら、アルスさんのことを好きになった気持ちも……。
「……ありがとう、エドガー。少し気が楽になったかも」
泣きそうになった気恥ずかしさもあり、未だ手を握られたままだという照れもあり。伏し目がちにお礼を述べると、何故か苦笑を返された。
「いや、大したことはしていないさ――――ふ、それにしても、ライバルに塩を送ることになろうとはな」
「……? エドガー、今――」
“ライバル”って……?
きょとんと目を瞬かせるわたしにエドガーはくすりと笑い。
「“月が綺麗”だな、チズル」
と言ったのだった。
“月が綺麗ですね”――――
以前――この旅に出る直前くらいだったろうか。確かに、わたしはエドガーにこの現代日本人なら誰でも知っているであろう逸話を話して聞かせたことがあった。
それはつまり。
「勿論、言葉通りの意味だけで言ったのではないぞ?」
「え……え、あの――」
突然の……そう、突然の告白――え、これやっぱり告白なの?――に顔を真っ赤にしてわたわたするしか出来ないわたしに、エドガーは熱の籠った視線を向けてわたしの左手を取ると、その甲に口付けた。
「~~!」
びくりと肩が跳ねる。
「好きだ――チズルのことを、誰よりも愛しく想っている」
「エド、ガー……」
「……私では駄目か? 私では、アルスの代わりにはなれないだろうか――?」
「っ、まさかエドガー、気付いて……」
ふ、とエドガーは微笑んだ。甘く、そして苦く。
「ずっとチズルを見ていた。チズルが見てきたものだって、ずっと……」
「あ…………」
そう言われて初めて気付いた。
わたしがこの世界に召喚された時から今まで。
一番近くにいてくれたのは誰なのか――
一番多くの時間を共に過ごしたのは誰なのか――
「今すぐ答えをとは言わない。だが、どうか願わくは私を選んでくれることを」
くるりと返された掌に唇を押し当て、エドガーは名残惜し気にわたしの手を解放した。
――すぐに答えを出さなくてもいいと、エドガーは言った。
でも……もしかしたら。
その答えはすぐ手の届く所にあるのではないか、そんな予感がするのだった……。
失恋に付け入る系ストーカー(王子様)