side千鶴――その記憶は漆黒の時の彼方に葬って
天然で無自覚鈍感なヒロインちゃんが、なぜか天然ものではなくて養殖ものに見えてくる謎を解明してみた。
つまり、これは人称の問題だったのです。
鈍感なヒロインちゃんは、ヒーロー氏の愛の呟き(そんなお前だから、かわいすぎだろ、えとせとらえとせとら……)を華麗にスルーしていきます。あと、ヒーロー氏が後ろから切なげに見つめる等のアクションに一切気づきません。
でも、作者的にはそこはヒロインちゃんの鈍感さとかヒーロー氏の愛情度を表現するためには外せないシーン。とはいえヒロインちゃん一人称の作品でどうやって書けばいいの?
その答えがこちら。
「○○が何か口を片手で覆って何か呟いていたけどよく聞き取れなかった。何て言ったのかな?」「○○が~~していたなんて、わたしは気づかなかった」
となるのです。
お前絶対それわざとだろ、ほんとは聞こえてるだろ! あざとい! あざといぞ!
という盛大な突っ込みがですね。
三人称の文章だとあんまりそうはならないんですけどね。
「アルスさんが、好きです。……本当は、諦めようって何度も思いました。アルスさんには他に好きな女性がいるって知ってたから――でも、どうしても好きになる気持ちを止めることが出来なくて。……わたしでは駄目ですか? 少しでも可能性は――わたしのことを恋愛対象として見ては貰えませんか……?」
一縷の望みを抱いてアルスさんを見詰める。切なく高鳴る胸の鼓動を、震える手で押さえ付け――。
「……――――」
アルスさんからの答えはまだない。
だけど――――
「あ――」
理解って、しまった……。
その、わたしを見る目の熱量のなさが、平坦さが。この王城の人達と同じだったから……。
アルスさんは何も答えない。
「っ……何も、言ってはくれないんですか……?」
ぽろりと、涙が零れた。
ただ静かにわたしを見ているだけのアルスさんに、まるでこの気持ちを受け取ることすら拒絶されているような、そんな気がして――
「ふふ、ひ、酷いなあ……。可愛い――かどうかはともかく、女の子が勇気を出して告白したんですよ……? ほら、気持ちは嬉しいけどとか、すまないが、とかあるじゃないですか――」
歪みそうになる口元を笑みの形に持ち上げ、そう冗談めかして言ったのだけど。
「……うれしいとは思わないし、すまないとも感じない」
でも、返ってきたのはそんな冷たい言葉で。
「勇者殿には、どんな言葉もかけたくないし、どんな感情も持ちたくない」
「っ……!?」
いっそ“嫌い”と言われた方が温かみを感じる程の、徹底的な拒絶だった。
「ど……して……?わたし達、大切な仲間、で――。アルスさんだって、ちょっと素っ気ないけど、ほんとは同じように思ってくれてるって、信じて……」
「一度引き受けた以上依頼はこなす、それだけだ」
「い、らい……――」
わたしは、そもそものスタート地点が違っていたのだと、この時漸く理解した。
わたし達が一緒に過ごし、共に困難な旅を乗り越えてきたと思ってきた時間、アルスさんはただ依頼をこなしていただけだったのだ――。
ああ、だけど……そんなアルスさんの心にもちゃんとわたし達の――わたしの存在は届いているって、信じてたのになぁ……。
ぽろぽろと涙を流しながらも、必死で笑顔を保つ。
みっともなくすがり付くような真似は出来ないと、そんな未練がましい女だと思われたくなくて。
ただその一心で物分かりのいい風に装った。
「そっ……かぁ…………あ~あ、結構いけるんじゃないかって思ってたのになぁ。きっと、あの指輪の女性、わたしなんかよりもずっと、凄く素敵な女性なんですね。負けちゃったな」
「……――」
「あ、すみません……わたし、カファロ王国の夜会で、偶然アルスさんがあの女性と居る所を見てしまって……」
僅かに眉を寄せるアルスさんに、指で涙を払いながら告げる。
「ちゃんと大切にしてあげて下さいね? こんなこと、わたしに言われるまでもなく考えてるとは思いますけど……。国の為に、自分の気持ちを殺してまで恋人以外の相手と婚約……なんて、彼女にも、それにサキちゃんにも誠実な状況じゃないって思うから……」
ね?と小首を傾げて見せると、更に眉間に皺が寄せられて。思わずくすりと笑いが漏れた――何故だか同時に涙も一粒零れたけど。
「っ……最後にひとつだけ、お願い聞いて貰っても、いいですか……? ……その、名前、呼んで欲しいんです」
この国に辿り着いた日からアルスさんはわたし達の名前を呼ばなくなった。“客人”、“貴殿”、“勇者殿”――……。
でも、ちゃんと呼ばないという意味で言うなら、わたしはずっとアルスさんから名前を呼ばれていなかったのだ。
ただ一度――そう、わたしのことを名前で呼んで欲しい、と爆発したあの時を除いて。
「“チズル”、じゃなくて“千鶴”って……。この世界でわたしをそう呼んでくれるの、アルスさんだけだから」
本当はサキちゃんもなのだろうけど、サキちゃんはわたしのことは名前ではなく“お姉さん”と呼ぶから、だからアルスさんだけなの――
「一度だけ、一度でいいから……そうしたらきっとわたし、貴方のことをちゃんと思い出に出来るから」
貴方に“千鶴”と呼ばれてこの恋は始まったから。
恋の終わりも貴方に――……
「きっと、前に進めると思うから、だから……」
しかし、返ってきたのは呆れたような溜め息がひとつで。
「なぜ俺がそこまで面倒を見てやらないといけない」
「あ……」
感情の籠らない冷たい瞳がわたしを、わたしの甘えを射抜く。
「気持ちの切り替えまで人任せなのか?」
「っ…………」
こういう時、ドラマとか小説では大抵最後のお願いを叶えられるのものだったから。
当然アルスさんもそうしてくれる筈だと、何の根拠もなく信じ込んでいたことに気付かされた。
(わたし……この期に及んでまだアルスさんに期待、してた……?)
みっともない真似はしたくないなんて、とんだ大嘘じゃない。
――わたしは、なんてみっともなく浅ましい……
「それに――そんな恐ろしいことしたらお菓子抜きだけじゃすまなくなる……」
「え?」
自己険悪に俯く中、思わずといった感じで零れたアルスさんの呟きが耳に飛び込んで来る。
「お菓子……抜き……って?」
きょとんと顔を上げるわたしを面倒そうに一瞥すると、アルスさんは渋々と口を開いた。
「……あいつを怒らせると、お茶の時間にお菓子が出て来なくなるんだよ」
「え、それって……」
指輪の女性が、ってこと……だよね?
なんか、そういう子供っぽいことはしないイメージだったんだけど……、
「でも、そんなことをするなんて酷くない、ですか……?」
まあ、アルスさんはそこまで甘いものは好きじゃないけど――と、つい口にしてしまった感想に、アルスさんの眉間に刻まれた皺が深くなり、それからすぐに緩む。
「あいつのやきもちの焼きかたは少し変わっていて――」
(あ、……)
あの表情は……
「自分がいるのに月を見て月を綺麗と言うな、他の女からもらっていいのはクッキーかマフィンまで、プリンを作っていいのは自分だけの特権」
柔らかに目元を和ませ、どこか想いを馳せるように遠くを見て――――
「自分でお菓子抜きにしておきながら、俺だけかわいそうな目に合わせられないからと一緒に付き合ってくれる」
たまに見せるその表情が好きだった。
いつかその顔でわたしを見て欲しいと願った。
アルスさんがその顔をする時は、何らかの形で彼女のことを想う時なんだと気付いてからは、甘くときめく胸に痛みが伴うようになった。
「“酷い”じゃなくて“かわいい”んだよ」
喋り過ぎた、とアルスさんは溜め息をひとつ吐いて。
「――――勇者殿、いい加減に気はすんだだろうか?」
きっと。
これからもその優し気な目がわたしを見てくれることはないのだろう。
「アルス、さん……――」
だって、ほら……わたしに向き直った視線はまた元の通り、こんなにも冷たい……。
もう話すことはないとばかりにアルスさんは去って行き。
一人残されたわたしは、もしかしたらアルスさんが戻って来てはくれないだろうかと少しの間その場に留まっていたけど……。
そんなことをしても虚しいだけだと、やがてとぼとぼと帰路に就いた。
侍女さん達のお世話も全て断り、寝室に一人閉じ籠る。
「ふっ……ぅ……」
好きです、好きだったんです、アルスさん……。
後から後から、涙が後悔と共に溢れ出る。
恋人がいるんだからと良い子振るのではなく、もっとちゃんとアルスさんに好きになって貰う努力をしていれば……
もっと早く自分の気持ちを自覚していれば……
ううん、もっと早く……指輪の女性とアルスさんが知り合う前に出逢えていれば……
そうしたら、結果は違っていた――?
ああ、でも。
きっとわたしじゃ嫉妬まで可愛いなんて、あんな風には思って貰えない……。
得意なお菓子とかそれ以外なんて問題じゃなく、他の誰かから手作りのお菓子を受け取るなんて絶対嫌だとか言ってしまうだろうし――もしかしてエスターでわたしがクッキーを作った時反応がぎこちなかったのって、これを思い出してたから……? ――あ、駄目だ、今ずっしりとダメージが来た――。
それに、“月が綺麗”なんて言われたら――おそらく“死んでもいいわ”と返すのが精一杯で、“月なんかではなくわたしを見て欲しい”なんて――多分、こういうことなんだよね……?――可愛いこと咄嗟には言え……な、い……――――
「え?」
“月が綺麗ですね”――――?
わたしは、声を押し殺す為に押し付けていた枕から顔を上げた。
(指輪の女性が、どうしてこのエピソードを知ってるの……?)
アルスさんが話して聞かせた……? え、でも……?
もし、彼女が現代日本人――異世界転生、あるいは異世界転移していたのだとしたら……。
(アルスさんとサキちゃんの他に、もう一人いた?)
待って、違う――そうじゃない。
わたしは、何か大切なことを見落としている――。
「あ――」
きっと、この時のわたしの顔は酷く間抜けな表情をしていたに違いない。
現代日本からの転生、あるいは転移。
アルスさんに溺愛されていて。
アルスさんのことを好きな、黒い髪をした――――
わたし……その条件にぴったり当てはまる女の人を知っている。
「嘘……、指輪の女性は、サキちゃん、なの……?」
だって、そう考えれば。
アルスさんは“妹”ではなくて“恋人”としてサキちゃんに接していたとするならば。
何故アルスさんがサキちゃんとの婚約に異を唱える様子がないのか、説明がつくし。
頭の中で勝手に、凄く大人で落ち着いた、まさにアルスさんに相応しいような女性なんだろうと思っていた指輪の女性が、やきもちでアルスさんのお菓子を抜きにすることに違和感を感じていたけど。
それがサキちゃんなのだとしたら、そういう茶目っ気のあることもしちゃうんだろうなと、すんなり納得出来るのだ。
「そんな……でも、嘘…………」
わたしは、サキちゃんのことをアルスさんが好きな者同士、強力なライバルだと思っていたけど、そうは言っても見た目は子供だからと、アルスさんに選ばれる筈がないと、その実心の何処かで下に見ていた。
だから、指輪の女性とサキちゃんをイコールで結び付ける発想が、これまで出てこなかった。
――別にアルスさんがロリコ……ゲフンゲフン!だとは思わないけど。その、サキちゃんの内面を見て、なんだよね……? うん。
「そ、そっか……、はは、あれに――あの溺愛っ振りに勝てる訳ないよね……」
力なく笑い、溜め息をつく。驚きの余り涙も引っ込んでしまった。
なんだ、そっかぁ……――――って、
「あれ? 待って……? ちょっと待って」
わたし、確かさっき……
“こんなこと、わたしに言われるまでもなく考えてるとは思いますけど……。”
物分かりのいい女振ってどや顔で言ったあの台詞……。
“国の為に、自分の気持ちを殺してまで恋人以外の相手と婚約……なんて、彼女にも、それにサキちゃんにも誠実な状況じゃないって思うから……”
サキちゃんがアルスさんの恋人な訳で。
つまり、アルスさん的にもこの婚約は全くの無問題な訳で。
“ちゃんと大切にしてあげて下さいね?”
っ――――!?
「いやあああああぁぁ……!!?」
わたしは、広々としたベッドの上を転げ回った。
この日、完膚なきまでの失恋と共に、わたしの中で超特大の黒歴史が生誕の産声を上げた……。
ぱとらっしゅ、こむるもう疲れたよ……
ペペロンチーノの豚とほうれん草添えスパゲッティ
ペペロンチーノだけでは栄養が不安。
そこで、豚肉とほうれん草の登場。気休めにすぎないって?まあそう言わずに。
材料:
・薄切りの豚肉 100~200グラム
・ほうれん草 1/2束くらい
・オリーブ油
・塩こしょう
・ペペロンチーノの材料(73話参照)
作り方:
・豚肉は大きいようなら食べやすいサイズに、ほうれん草は3~4センチの長さに切る。
・ペペロンチーノ用のニンニクを少し取り分けておく。
・ニンニク、油をフライパンに入れて火にかけ、香りが立ってきたら豚肉をこんがり目に焼き、ほうれん草を加えてさっと混ぜ、塩こしょうで味つけ。
・ペペロンチーノスパゲッティにのせる。
メモ:
・フライパンがふたつあると便利。
・お子が小さくて辛いのがだめなときは、唐辛子控えめまたは唐辛子なしで作る。
・お子が小さくてほうれん草が食べにくいときは、長さを2センチ程度、葉っぱ部分を縦に二等分か三等分くらいに切る。
・豚肉用のニンニクが焦げそうなら別に移して後で戻す。