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side千鶴――「一個人としての○○を――」は異世界での必須技能

本日四話投稿 2/4


乙女ゲームに転生したでもなく、その世界を現実のものとして生まれ育った人たちが”悪女“とか”毒婦“とか言わずに「貴様のような悪役令嬢とは婚約破棄してやる!」「わたしはあの娘に悪役令嬢にさせられたのね」みたいな感じで、主人公のことを“物語上の役割名”で呼ぶことに強烈な違和感を覚える今日この頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。


こむるが思うことは、“悪役令嬢”という異様に語呂のいい言葉を発明した人は天才なのではなかろうかと。



 ――――ざわ、と室内にざわめきが起きる。


 それは本当なのかとエドガーが訊ね、そんな酷いことがとキースさんは眉を顰め、レオン君は憤慨している。


 そしてアルスさんは大きく溜め息をつき、後ろの三人は顔を見合せて苦い顔をした――


「なるほど、そういうことでしたか……」


 溜め息混じりのセニエさんの呟きに、わたしはキッと強い視線を向けた。


「わたし、知ってます。貴方達がサキちゃんを政治の駒に利用しようとしてるって。アルスさんがわたし達と旅している間に強引にことを進めたって――……。人を魔力の有り無しでしか測れないなんて、この国は間違ってる……! サキちゃんは貴方達の意のままになる人形なんかじゃない、心を持った一人の人間なのに。それに、アルスさんだって。王としてのアルスさんだけじゃない、ちゃんと一個人としてのアルスさんを、貴方達は全然見ていない!」


 セニエさん達三人は、どこか白けた表情で肩を竦めたり首を振ったりしている――どこまで人のことを馬鹿にして……!


 話にならないと、わたしは目を大きく開いたままのサキちゃんと、サキちゃんのことを心配そうに見るアルスさんに向き直った。


「サキちゃん、もう大丈夫……大丈夫だよ! 絶対にわたし達が助けてあげるから……!」


 きっとエドガー達も力になってくれる筈……とそちらの方に目をやると、皆力強く頷いてくれた。


「アルスさんだって、サキちゃんを権力の為に利用するなんてこと、許す筈がない――もう、我慢する必要はないんだよ」


「――我慢……?」



 ぱき、と空気が鳴ったような気がした。



「うん、そうだよ……だから、ね?」


 ぽつりと呟いたサキちゃんに手を差し伸べ、微笑みかける。


「もうサキちゃんの本当の気持ち、言ってもいいんだよ?」


「――わたしの、本当の気持ち……」


 そう、そうだよ。勇気が要るかもしれないけど、一言でいい。その一言(たすけて)が聞けたら、わたし達は――――


 その時、サキちゃんがわたしと目を合わせにっこりと微笑んだ。


「迷惑です」



 ぱきり――――と。



 王城に軋んだ音が響いた。







「めい……わ、く――」


 呆然とその言葉を繰り返すわたしの横で、キースさんが困惑顔でサキちゃんに呼び掛けている。


「サキさん! チズル様は貴女の為を思って……なのに何故そのようなことを」


「そうだよ……! もしかしてなんか脅されてたりするのか? 大丈夫だって、俺達でなんとかしてやるから……」


 だから、自分達の手を取って欲しい、とレオンも訴えるのだけど。


 サキちゃんは困ったように首を傾げて、


「あのね、お姉さん。自分が人にしてあげたいことと、その人がしてほしいことは必ずしも同じでないって、知ってる?」


 と、逆にわたしに訊ねるのだった。


「えっ、うん、それは当たり前のことだよね……? だからその人の気持ちになって考えることが大事――」


「そうやって、一度()()()()()()()()()()()()()()()んだから、その答えが間違っているはずはないって?」


 鋭い視線がわたしを射抜く。


「だから、相手は自分の親切を喜んで受けとるべきだと? それって、結局は相手の気持ちも何もかも無視してるって、お姉さんは気づいてる?」


「わ、わたし、そんなつもりない――」


「うそ」


「――っ!」


 そう一言で切り捨てたサキちゃんの目と声は冷え冷えとしていて。


「じゃあ、どうしてお姉さんは、わたしが無理やりセニエのお家に養子にさせられたって、無理やり婚約させられたって決めつけるの?」


「っ…だって! 魔力が高いって理由だけで全てが決められるなんて、サキちゃんみたいな小さな子が利用されるなんて、絶対に間違ってる! だから――」


「ナタンを悪く言わないで」



 ぱきん、と空気が弾けた。



「マティアスおじいさまもエリーヌ母さまとオリヴィエ父さまのことも。――大事な、とても大事なわたしの家族なの。家族になってくれたの」



 ぱき、きしきし、と硬質な音がどこからともなく聞こえてくる。



 それと同時に、息苦しい程の魔力が室内を埋め尽くそうとしているのを感じた。


「ぅ……これ、は……?」


 エドガーが頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てる。


 キースさんの顔色も心なしか青ざめているし、レオンも眉を寄せている。


「そもそも」


 そんな中、一切動じた様子を見せずにサキちゃんは言い募る。


「一国の王さまが結婚するのに、いろいろ政治とか思惑が絡まないなんてことあり得ないと思うの。それなのに、“心を持った人間だ”とか“一個人としての”だとか、その立場にあることの恩恵を余すところなく受け入れていながら、いったいなに甘えたことを言っているの?」


「そ、それは…でもっ……」


「それで“立場や身分に囚われない本当の自分自身を見てくれた”からとか言って、愛に目覚めるのかしら? 身分違いの愛を貫くことこそが純粋で尊いと?」


 サキちゃんはわたしを、それからエドガー達に呆れたような表情で見た。


「ずいぶんと安い“真実の愛”ね」


「「「……!?」」」


 そのあんまりな言いように、呆然とサキちゃんを見返すことしかできない。


「なん、で……そんな酷い、こと……」


 わたしは――エスターで“勇者様”としか呼ばれなかった時、自分がどこにいるのか分からなくなるような気持ちを味わったし、エドガー達やマリアさん、それにアルスさんが名前で呼んでくれるようになった時、本当に嬉しかった。これが切っ掛けで、アルスさんを……好きに、なった。


 その気持ちを下らないと言うのかと、取るに足らないものだと切り捨てるのかと――


 ……だけど。


 その一方でわたしが“勇者として”当たり前のように王城での生活を送っていたのも確かなのだ。


 当たり前のように部屋付きの侍女さん達に世話をされ。


 当たり前のように何枚もドレスが用意され。


 平民ではおそらく一生縁のないであろう贅沢な食事にお風呂、夜はふかふかのベッドで眠り。


 “勇者として”扱われているのなら“勇者として”見られるのは至極当然の話であり……。


「あ――――でも、わたし、は……」


 咄嗟に上手い言葉が見付からないわたしに、サキちゃんは尚も続ける。


「お姉さんは、わたしの()()()()()()()()権力争いに利用されたって言うけど、それは違うわ」


「え――……?」


「この()()()()()()()()、アルスにわたしのことを見てもらえた、アルスの“選択肢”になることができたの」


 この時になって漸く、わたしはそもそもの前提から間違っていたことに気付く。


「魔力が高かったから駒としての価値を認めてもらえた。誰にも文句を言われることのない形でアルスの隣に立つことができた」


 サキちゃんの目は、これ以上ない位真剣に“アルスさんのことが好き”だと物語っていて……。


 ――――これはどういうこと……? サキちゃんは“無理矢理”アルスさんと婚約させられたって、確かにカティーナさんは――



 まるで魔の森の深層にいるかのような、濃密な魔力が渦を巻いている――――



「わたしは自分で望んでここにいるし、全然困ってなんかいない――だから、お姉さんがわたしの気持ちを勝手に決めないで」


 決して荒らげたりしている訳ではないのに、その声は抉るようにわたしの胸に突き刺さった。


「わたし……サキちゃんが困ってるって聞いて、それで、助けてあげたくて…………」


 ぱき、ぱき、と小さな音が絶え間無く響く中、サキちゃんは僅かに口の端を歪めた。


「わたしは、お姉さんの助けてなんてほしくない」


「サキ、ちゃん……?」


 何故だろう、そう言ったサキちゃんからは、今回のことだけでなく全て。全てに於いて、わたしの手助け等いらないという強い拒絶が感じられて――


「一番助けてほしかったときに助けてくれなかったあなたの助けなんて、いらない」


「え……? サキちゃん、それどういう……――っ!?」


 すぐ足下でぱきんっと()()音がしたのに目をやると、床から琥珀色をした結晶状の何かが生えて――これは、魔石……?


「ねえ、勇者さま」


 改めて部屋を良く見てみればテーブルの向こう、サキちゃんが座っている側を中心に、壁のそこかしこや天井の隅、それから床を覆い尽くさんばかりに魔石の結晶柱が生まれては成長し、新たに生まれた結晶に押され、軋んだ音を立てている。


 これ、それからこの魔力も。もしかしてサキちゃんの……? サキちゃんの感情に強く反応してる……?


「あなたの優しい気持ちが届かないはずはないのでしょう? “お互いかばい合って素敵な親子”はきっと無事助かっているはずなのでしょう? なのに、どうして――」


 ぽろりと、サキちゃんの目から大粒の涙が零れた。


「どうして、母さんはここにいないの――?」


 その姿が、声が、余りにも悲しそうで。寂しさ、後悔、痛み、そんな“哀しみ”が一杯に詰まっていて。


「サキちゃ――」


「あれだけ好き勝手言って、結局祈りなんて届かなかったじゃない」


 思わず伸ばしかけた手が、再びの拒絶に、弾かれるように止まった。


「だから――あなたの助けなんて、いらないわ。絶対に」


 まるでわたし達を拒むように、差し伸べられた手をはね除けるように。



 一際大きな音を立てて、結晶が黒く染まった。






K嬢の証言「あのとき受けた屈辱を思い出せば、迫真の演技も余裕でした^^」

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