side千鶴――犯人は「嫌がらせができれば何でもよかった、復讐だった」などと供述しており……
本日四話投稿 1/4
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112話 18時
113話 19時
114話 20時
のタイムスケジュールでお送りいたします。
いや、ほら。どうせならきりのいいところまで上げてしまったほうがすっきりするじゃない?
ちなみにこむる、「起きる(起床)」と「起こる(事件、出来事)」はきっちり区別したい派です。
昨日は一気に色んなことが起き過ぎて、頭が混乱して良く眠れなかった……なんてことは全くなく。
久しぶりのふかふかベッドに、あっという間にわたしは夢の中に旅立ってしまったらしい。
でもそれはベッドだけのせいじゃなくて、この城の人達が、お風呂にいい香りのする精油を落としてくれるとか、食事だって皆で食べた方が気が楽だろうとエドガーの部屋にまとめて用意してくれたりと、わたし達が快適に過ごせるよう、気を遣ってくれたおかげでもある訳で。
……ここの人達は、本当にわたし達と敵対するつもりはないんだなって、納得するしかなかった。
そして今、わたしとエドガーとキースさんとレオン君は、揃って白と緑を基調とした騎士服を身に纏い、アルスさんの待つ会議室へと案内されている。何も打ち合わせをしなくても、皆示し会わせたようにこの服を選んでいるんだもの――何だか心がむず痒いような、ほっこりするような。
でも――その気持ちも会議室に通された途端に萎れてしまう。
(そう、なんだよね……。アルスさんはこの国の王様、なんだよね……)
中で既にわたし達を待っていたアルスさんは、黒地に銀の刺繍が贅沢に施された衣装に身を包んでいて。
わたしは、もしかしたらアルスさんもわたし達と同じ服を着てくれているのでは、と心のどこかで期待していたことに気付いた。
そんなことある筈ないって、分かっていたのに……。
席に促されながらアルスさん以外には誰がいるのかと目線を走らせれば、昨日紹介されたソーマさん、アトリさん。それからセニエさん……が、サキちゃんと並んで座るアルスさんの背後に控えていた――って……
「え、サキちゃん……?」
思わずサキちゃんを二度見してしまう。
オフホワイトのアンダードレスに春らしいミントグリーンのふんわりしたドレスを重ね、カチューシャ風のヘッドドレスをつけたサキちゃんがぱちりと瞬きして首を傾げ――今日もサキちゃん可愛いなぁ……じゃなくて。
「えと、サキちゃんも来てたんだね……」
「こんにちは、お姉さん」
「うん。……あのね、サキちゃんって――」
こんなところで会うとは思ってなかったからびっくりしちゃったけど、でもかえってちょうど良かったと、わたしは昨日からの疑問をぶつけてみることにした。
「サキちゃん、やっぱり日本人、なんだよね? 前に訊いた時は違うって言ってたけど。……それに、サキちゃんだけじゃない。アルスさんもほんとはそう、なんですよね――」
「なっ――」
「チズルっ、それ、どういう……!?」
「お二人がニホン人、とは一体――」
エドガー達は驚愕の表情を浮かべて、わたし、それからアルスさん達の顔を交互に見比べる。
しかし、一方のベルーカ側の人達には一切の動揺は見られず。
きょとんとした顔でこちらを見ていたサキちゃんが、
「わたし、一度も“違う”とは言っていないよ?」
「え――で、でも」
「俺も否定した覚えはないな」
アルスさんと目を合わせ、ねー、と首を傾げ合う。
「え、あ、アルスさん?」
そんな筈はない――と言おうとして、はたと思い出す。
アルスさんの時は、そういえばわたしは“日本人なのか”と直接訊いてはいなかったし、アルスさんは“国の発音の癖が出た”って……。
サキちゃんは……確か、日本語で訊いたわたしに“それはお姉さんの国の言葉か”と返したんだっけ――――
……えぇ~。
確かに、嘘ではないし否定もされてないけど、肯定もされてないっていうか……え、なんか、狡くない?
「でも、それならどうして言ってくれなかった、んですか……言ってくれれば、わたし……」
日本のこととか、向こうで何をしてたとか、色々話したりして、もっと、アルスさんと打ち解けられたかもしれないのに……。
それに――
「もっと、サキちゃんの力になって、あげられたのに……」
「「「チズル(様)……」」」
ちゃんと気付いてあげられなかったことが、サキちゃんが大変な時に力になってあげられなかったことが悔しくて。
「日本人だと言ったところで、どうなったっていうんですか?」
「サキちゃん……?」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、いっそ冷たいと言ってもいいくらい平静な目をしたサキちゃんがいた。
「別に、“向こう”が懐かしくないわけじゃない。いっしょに“向こう”のことを話せる人がいるのはうれしい。でも――たぶんお姉さんは違う。わたしは、懐かしい思い出を共有したいの。傷を舐め合いたいわけじゃない。だから、お姉さんはきっと違うの」
「な、舐め合うなんて、そんなこと……」
そんなことない、と言おうとして、本当にそうだろうか? と疑問が過った。本当に、そんなことないと言い切れる――?
アルスさん達と仲良くなる切っ掛けとするだけじゃなく、それを理由に縛り付けようとしないって、アルスさん達に日本との繋がりを求めてすがり付いたりしないって、本当に――?
「それに」
と言うサキちゃんの声に、はっと思考の海から立ち戻る。
「わたし、別に困ったこともないから、特にお姉さんの助けとかいらなかったし……」
「な――……」
“どうかサキ様を、助けて下さい……”
あの、ストロベリーブロンドの女性の懇願が耳に甦り――
「嘘っ、嘘だよ! だって、サキちゃん……」
気が付けば、わたしはテーブルに両手をついて立ち上がり、叫んでいた。
「無理矢理、アルスさんと結婚させられそうになってるじゃない!!」
サキちゃんの目が、大きく見開かれた。
昨日――――
「お、落ち着いて下さい、その、まずは立ち上がって――えっと、椅子?ソファ?」
どうかサキちゃんを助けて欲しいと繰り返すカティーナさんに、わたわたとしながら席に着くよう促す――って言っても、わたし自身この部屋に何があるかよく分かってないんだけど!
しかもいつの間にか侍女さんは壁に凭れるようにして眠っていて……。
――こ、これ、もしかしなくても相当ヤバい話だよね……?
「……勇者様は、サキ様と“外”で交流がお在りだった、と伺っております」
向かい合わせにソファに座り、カティーナさんはそう切り出した。ちなみに、侍女さんは本当にただ眠っているだけで、暫くすれば目が覚めるとのことだった――但し、眠る前後の記憶が曖昧になるように魔法を掛けているそうだが。
「あ、はい。サキちゃんとはヨランダでお友達になって……このお城で再会するなんて思ってもみなかったから、本当にびっくりしてしまって」
「ええ――きっと驚きになったことでしょう……。勇者様はサキ様の事情については、どの程度ご存知でいらっしゃるのでしょう」
部屋に案内してくれた侍従さんの言葉を思い出す。
「……サキちゃんが精霊の子?っていう存在で、アルスさんを通してこの国に保護っていうか引き取られたと聞きましたけど……」
でも、そのこととサキちゃんを助けて欲しいことと、どう繋がるのだろう?
「この国では、家柄よりもまず魔力の高低が優先される――勿論全てに於いて、という訳ではありませんが」
「確か、国王様を決める時もそうなんですよね?」
カティーナさんは、僅かに微笑んだ。
「その通りです。そして王妃の選出も、その王に釣り合う魔力の持ち主かどうかが重要視されます」
へぇ~、ほんとに魔力一辺倒なんだ、この国は……。
「サキ様を養女に迎えたのはセニエ家――今の宰相を務める最古の七家のひとつです。……あの野心的なセニエ家が、何故態々サキ様を引き取ったのか、お分かりになりまして……?」
高い魔力を持つサキちゃん、野心、王妃――っ!?
はっとカティーナさんの顔を見るわたしに、彼女は真剣な表情でこくりと頷いた。
「初代ユート王をも凌ぐ魔力の持ち主であるとの呼び声も高い陛下には、長らく婚約者……その候補の選定すら難儀しておりました。そこに現れたのが……」
「精霊の子である、サキちゃん……」
「セニエの者達が、陛下が城を空けておられる隙を狙って強行したのです。サキ様を養女とする届け出と同時に陛下の婚約者へと推薦、宰相ナタニエル・セニエの名に於いて承認、という暴挙を――」
「そんな……酷い」
自分達が権力を得る為に、サキちゃんの意志も何もかも無視して――サキちゃんは、まだ十歳にもなっていないっていうのに。
ううん、サキちゃんだけじゃない。セニエさん達は、アルスさんの意志まで蔑ろにしてるんだ……。
「あんなに、アルスさんはサキちゃんを可愛がってたのに……」
ぽつりと落ちた呟きに、カティーナさんはきゅっと両手を膝の上で握り締めた。
「申し訳、ありません。わたくしには――わたくしの家には、彼らを止める力がなかった……!」
「カティーナさん――」
「わたくしは、セニエ家の――ナタニエル様の不興を買ってこの城への出入りを禁じられました」
サキちゃんを守り切れなかった後悔にその綺麗な顔を歪めて、カティーナさんが告げる――そんな、出入り禁止とか横暴過ぎるよ……。
「今日は、伝手を頼ってどうにかここまで忍んで来たのです……。陛下にサキ様のことを訴えようにも警備が厳重な上に、陛下の御側には常にナタニエル様が控えていて、わたくしでは近付くことも出来ません――ですが」
とカティーナさんはわたしの目をひたと見据えた。
「勇者様なら――あの魔の森を陛下と共に抜けられた勇者様なら。きっと陛下にこのことをお伝えする機会もあるのではないかと、勇者様の御言葉ならば、陛下のお心にも届くのではないかと。どうか、どうかお願いでございます勇者様、何卒サキ様をお救い下さいませ……!」
「うん。分かったよ、カティーナさん。わたし、絶対にアルスさんに伝えてみせるよ。ちょうど、明日アルスさんと話すことになってるしね」
わたしは、カティーナさんが少しでも安心してくれるようにと笑い掛ける。
「勇者様……」
ほっとしたような、カティーナさんの微笑み。
……カティーナさんって、ぱっと見た印象はきつい性格の人かなって感じだったけど、こんなにサキちゃんのことを心配して、ほんとは凄く優しい人なんだよね(ラノベで流行り?の見た目だけ悪役令嬢みたいってちょっとだけ思ったのは秘密だ)。でも考えてみれば、セニエさんだって穏やかで優しいそうな人に見えたのに、実際はこんな酷い人だったんだから、人は見掛けによらないって、ほんとなんだなぁって。
「――――あの、ありがとう、って言うのも何だか変なんですけど……。サキちゃんに貴女みたいな味方がいてほんとに良かった」
「いいえ――わたくしの方こそ。勇者様がわたくしの思った通りの方で良かったわ。……ふふっ、貴女みたいな方が、陛下の婚約者ならどんなに――あ、これは、その……」
はっと口元を押さえるカティーナさんに苦笑する。
「わたしとアルスさんとでは、それこそ魔力に差があり過ぎますって。それに――……」
――アルスさん、カファロ王国に恋人……がいるから。
「いいえ、とんでもございませんわ! 勇者様にお会いして、わたくしびっくりしてしまいましたの。流石は勇者様、我が国の民に匹敵する程の魔力をお持ちですなんですもの。……だからでしょうね。わたくし、勇者様が陛下と並び立って、“外”との架け橋になって下されば――なんて、ふと思ってしまいましたの」
忘れて下さいな、とカティーナさんは恥ずかしそうに俯くけど。でも彼女の言葉は抜けない刺のようにわたしの心に突き刺さっていた。
一瞬、ほんの一瞬ではあるが想像してしまったのだ。
あの指輪の女性ではなくわたしがアルスさんの隣に立つ姿――ただの人である彼女より、勇者で魔力も高いわたしの方がアルスさんに相応しいと選ばれる光景を……。
その時、外から密やかなノックの音がした。
「お嬢様、城が騒がしくなって来ました――そろそろ……」
「ええ、今行くわ――それでは、勇者様。突然にも関わらずわたくしのお話を聞いて下さってありがとうございました」
「気を付けて……見付からないように帰って下さいね」
入って来た時と同じように音もなくカティーナさんは部屋から出て行き、後にはわたしと眠る侍女さんだけが残されたのだった――。
サキちゃんの幸せはわたしが守る!
少女の決意はしかし、虚しくすれ違い――
踏み抜く地雷、降臨するブラック幼女、潤う国家予算……
零れる魔石の色は琥珀かそれとも漆黒か。
次回、『「一個人としての○○を――」は異世界での必須技能』――――魔王城は、結晶の海に沈む。