森のイノシシさん
語呂がいいからって、みんな悪役令嬢って言ってみたいだけなんでしょ!
あ、すみません。本音がもれました。
最近の悪役令嬢ないしは婚約破棄ものは、なんだか破棄する側があまりにもお馬鹿なのが多い気がしますが、あそこまでお馬鹿で大丈夫か? などとこむるは心配になります。
こむる自身の好みでいえば、偉そうで賢そうな中にほんのり見えるお馬鹿くらいのテイストが好きなのですが、まあ婚約破棄の場面だけをさくっと切り取ってインパクトを出すには、それくらい大げさにしたほうがよかったりするのかもしれませんね。
飛び出してきたのは、まだ少年と言ってもいいくらいの若い冒険者だった。
からだ中に折れた枝や木の葉、木苺のとげを引っ掛け、恐怖に顔をひきつらせている。
「どけっ!」
「あっ――」
目の前のサキを突き飛ばし、脇目も振らずに街道の方へ駆けていく。
そのすぐ後を追って、同じくらいの年頃の冒険者が転んだサキの横を通り抜ける。投げ出されたかごから散らばった木苺が踏み潰され、無残な姿になった欠片が顔に飛んだ。
「いたい……」
擦りむいた右手をかばいながらからだを起こすと、先程からの地響きの正体が間近に迫っていた。
激昂し、目を真っ赤に怒らせたイノシシの魔物が突進してくる。普段なら森の奥深くにでも行かなければ会わないような種類の魔物のはずなのに――
迫りくるヘッドライト。息を呑み、あるいは悲鳴をあげる通行人たち。
とっさにトラックに背を向けるように母を抱え込み――なぜか次の瞬間ドンという衝撃と共に宙を飛んでいた。
つかの間触れて離れていく指。必死な、しかしどこか安堵したような母の顔。迫りくるヘッドライト。
――ああ、せめてそれが大型トラックでさえなければ……
「きゃあぁ!」
イノシシの魔物は、サキに到達する直前で何か透明な膜のようなものに阻まれ大きくよろめいた。重たい衝突音が空気を揺らす。
行く手を遮られたことに腹を立てたのか、魔物は標的を冒険者ふたりからサキに変え、サキを守る膜に向かって体当たりを繰り返す。
口からよだれを垂らし、鼻息あらく牙を突き上げる魔物と今にも触れそうな距離で目が合った。
「やっ――」
頭を抱えてうずくまる。不機嫌そうなうなり声、ガツガツと足踏みする音、また体当たり。
(どうしよう、こんなときどうしたらいいんだっけ、魔法でなんとか、はやく逃げなきゃ、でも母さんを守らないと、神さまから魔法をもらったから、でもあのときわたしは母さんといっしょに――)
「サキ!」
サキを呼ぶ声に少し遅れて空気を切り裂くような鋭い音と魔物の悲鳴が響き、静かになった。
「サキ、大丈夫か?」
聞き覚えのある声にそっと顔をあげると、そこにいたのはいつもより飾りの多い、きっちりした印象の服を着たアルスだった。剣もさげていない。職場での服装だろうか。
「アルス――」
アルスは膝をつき、心配そうにサキをのぞきこむ。サキを覆っていた膜は、いつの間にか消えていた。
「どうしてここに……? 今日はお仕事の日でしょう?」
「魔石が起動したのに気付いて魔法で跳んできた。いったい何があった? こんな魔物はまず森の奥から出て来ないはずなのに――ああ、怪我してるじゃないか」
イノシシの魔物は、全身を氷の柱に貫かれて地面に横たわっていた。見てもあまり気分のいいものじゃないと、擦りむいた手の平を魔法で治療しながら、アルスはさりげなくサキの視界から魔物を隠す。
騒ぎに気づいた薬草取りの子供や駆け出し冒険者たちが集まってくるなか、サキはぽつりぽつりと魔物に追われた冒険者二人に突き飛ばされ、結果自分が襲われたことを話した。
「こかしといて謝らないなんてひどいね、サキちゃん」
「こわかったでしょ、大丈夫?」
木苺摘みで仲良くなった子供たちに気づかわれ、サキはうなずく。
「うん、大丈夫。お守りのペンダントが守ってくれたから……」
襲われたときはそれどころじゃなくて気付かなかったが、あの透明な膜はアルスからもらった魔石に込められた防御の結界だった。これがなければどうなっていたかわからない。
ペンダントを見ると、しかしそこには黄緑色の石はなく、スカートの上に砕けた欠片が散らばっていた。
「魔力を使い切ったんだな、アルスさんがちょうど居合わせてよかったよ」
アルスのことを見知っていたらしい冒険者のひとりが言う。
「あ、はい。そうですね――」
「ふたり組がどっちに行ったか、誰か見なかったか?」
立ち上がって魔物を“収納”しながらアルスはまわりに尋ね、何人かが街道を王都の方へ走るのを見たと答える。
「そうか、じゃあ城門かギルドできけばわかるか」
転がったままだったかごを拾い、サキに持たせる。底の方にまだ少し木苺が残っていた。
「もう何もないとは思うが今日は帰った方がいい。子供たちを街まで送ってやってくれるか?」
アルスの言葉に駆け出し冒険者たちはうなずき、放り出したままの荷物を取りに、子供たちといっしょに草原に戻っていく。
「サキちゃんまたね」
「災難だったな、元気出せよ。あ、アルスさん、もし必要なら俺たちいくらでも証言しますから」
彼らを見送り、アルスはサキをひょいと抱き上げた。
「俺たちも行こう」
「え、あ――アルス?」
「なんだ?」
今の状況に全く疑問を抱いてない様子に、サキは抗議をあきらめる。大丈夫、今は子供なのだ。恥ずかしくない、きっと恥ずかしくない――だめかもしれない。
「うん、その――助けてくれてありがとう」
「気にするな。まさかこんなに早くペンダントが役に立つとは思ってなかったけどな」
苦笑するアルス。サキもほんの少し笑った。
「ほんとね。アルスが魔石にあれこれ仕込んでくれていたおかげだわ。わたしはからだがすくんで何もできなかったから――」
膝に乗せたかごの持ち手をぎゅっと握りしめる。
「わたしね、こっちに来てからときどき考えるの。もしあのとき魔法が使えたら母さんを助けられたのにって……。でもとっさに使えないんじゃどうしようもなかったよね」
魔物に襲われた恐怖と、思い出してしまった事故の記憶とがごちゃ混ぜになり、自分でも何を話しているかよくわからなくなってくる。神さまと会ったときからこっち、心のどこかで麻痺して置き去りになっていた感情がようやく追いついてきた、そんな感覚だった。
「でも、でもね、あのとき確かにわたし母さんを庇ったの、ほんとよ! 母さんは助かるはずだったのに、神さまもそう言ってたのに! どうして?」
「サキ――」
「別に魔法とか異世界とかいらない、母さんがいればそれでよかったのに! ねえ、どうして! たまにはご飯外に食べに行こうなんて言わなきゃこんなことにならなかった? わたしが、……わたしが、母さんをこ」
「サキ」
厳しい声音にびくりと身をすくませる。アルスは、真剣な顔でサキを見つめていた。
「その先は、言っちゃだめだ」
「……っ」
引き結んだ口元が震える。揺れる視界は、今にも決壊しそうだ。
「思ったとしても言葉にしてはいけない、絶対に」
ひと粒涙が転がり落ちると、あとはもう止まらなかった。ぐしぐしとアルスの肩口に顔をこすりつけ、しゃくりあげる。
明らかにお高そうな布地の服だったがそれに文句を言うこともなく、アルスはサキの背中をあやすようにぽんぽんとたたいた。
イノシシメモ
知り合いの知り合い(の知り合い)が猟師で、イノシシ肉が手に入った!
こんなとき、「とりあえずサイコロステーキにしてみた」はやめておいたほうがいいとこむるは思います。
脂身は硬いし臭みとか残ってたら美味しくないし。
オーソドックスにぼたん鍋が無難ではないでしょうか。
ブロック肉でもらった場合は、出来る限り薄切りにしましょう。半解凍状態にすると切りやすいですね。
大量にもらったからと、週1で食べてたらたぶん飽きます。
年に一回か二回くらい食べるのが美味しく感じるコツです。
知り合いの知り合いry熊肉をもらった!
変に冒険したりせずに味噌仕立てで食べるとよいでしょう。にんじんとじゃがいもを入れましょう。