side千鶴――明かされる真実、あるいはレトリバーの例え話
連続更新 2/3
ニーベルンゲンの歌とニーベルングの指輪とヴォルスンガ・サガについて。
言わずと知れたジークフリート君の物語。ヴォルスング一族の物語を描いたヴォルスンガ・サガの後半部分にキリスト教的、騎士道的エッセンスを添えて、でも最後のほう未亡人(だいたいお前のせい)の復讐物語になってませんか、ニーベルンゲンの歌。
名前がよく似てるからニーベルンゲンの歌を原作にワグナー先生が作曲したんだよねっ!と思ったら、ところがどっこい神様界隈のいざこざからジークフリート君の親世代の壮絶なストーリーから、……あれ、これって、もしかしてヴォルスンガ・サガのほうじゃありません?なニーベルングの指輪。
エッダはいいぞ、サガはいいぞ。
ちなみに、指輪を四幕全曲聞くとすっごい疲れる。十何時間とかかかる。
「サキ……ちゃん…………?」
何故、訳が分からない――多分、わたし達は揃って同じような表情をしていたと思う。
中央に赤い絨毯の敷かれた広間。両脇に居並ぶ魔王軍の精鋭達、開け放たれたバルコニーには、いつか見上げた深緑のドラゴンが座し。
最奥の壇上で、恐らく幹部であろう魔族達二人――とその一段下に立つ一人に護られるようにして玉座――……の斜め前に置かれた子供用の椅子にちょこんと座っているのは――
「嘘……どうして――」
ふらりとよろけたわたしの肩を、キースさんが支えてくれた。
最後に会ったあの秋の日と何も変わらない、黒く艶やかな髪がさらりと肩を流れ、アーモンド型のぱっちりした目がこちらを見詰め、ふっくらとした桜色の唇は柔らかく笑みを湛えて。
光沢のある黒い布に、金の縁取りと真珠を連ねたドレスを身に纏った彼女は、印象は違えども確かにわたし達の知るサキちゃんだった。
どうして? どうしてヨランダに居る筈のサキちゃんがこんな所にいるの……? なんで、玉座なんて所に座っているの? まるで、サキちゃんこそが、魔王の、――――
「落ち着くんだ、チズル。これは敵の罠だ……!」
「エド、ガー……」
のろのろと顔を上げる。エドガーは厳しい表情で玉座の方向を睨み据えていた。
「迂闊だった……魔族達が我々の戦意を挫く為に、真っ先に狙われるのは誰なのか――少し考えれば簡単に分かることなのに……」
さぁっと、耳の奥で血の気が引く音が聞こえたような気がした。
そうだ、エドガー達の家族、友人といった大切な人達は王城や神殿の厳重な警備で護られている。もし魔族の襲撃があったとしても、撃退出来ただろう。
でもサキちゃんは……たった一人で王都の外れに暮らしているサキちゃんは。
「まさか彼らがこのような手段を取るとは――やはりあの時無理にでも保護していれば……」
後悔を滲ませたキースさんの声。
そっとアルスさんの横顔に目をやると、驚きに目を見開いて固まっていた。
「――助けなきゃ……」
まるで本当の兄妹のように仲の良かったサキちゃんと、こんな、最悪の形での再会を果たしてしまったアルスさんのショックを思うと、居ても立ってもいられなかった。
形振り構わず飛び出そうとしたわたしの腕を、レオン君が掴む。
「駄目だチズル! ――多分だけど、あいつ、魔族に操られてるんだ! ……慎重に動かないと、助け出す前に人質として盾にされるとか、最悪……」
悔しげにサキちゃんとその周囲を睨むレオン君に、わたしは今更ながらに“その可能性”に思い至り、はっと息をのんだ。
魔王軍の卑劣さに、握り締めた手に力が入る。
どうしよう、どうしたら、サキちゃんを無事に助けられる――?
動きあぐねているわたし達に焦れたのか、
「……そのように離れていてはお話をするのも大変ですから――どうぞみなさま、もっと前へお進みください」
ちょっと困ったように首を傾げて、サキちゃんは軽く腕を上げてこちらに手のひらを差し出した。
「今は奴らを下手に刺激しないよう、従っておこう……タイミングを見計らうんだ。――大丈夫、絶対に助けよう」
低く囁くレオン君にわたし達は頷き、玉座から十歩程の距離までゆっくりと移動する。
「サキちゃん……」
わたし達が立ち止まったのを見て、サキちゃんは姿勢を正し、にこやかに歓迎の言葉を口に上らせた。
「改めまして、ベルーカ王国へようこそ。本来なら我らが王がみなさまをお迎えしなければならないところですが、あいにく、王は所要でこの席を離れておりますれば、代理としてわたしがみなさまにご挨拶申し上げますこと、どうかお許しください」
そして――と更に続けようとするその機械的な態度に耐えられず、わたしは慎重に動こうという取り決めも忘れてサキちゃんに呼び掛けてしまっていた。
「サキちゃん! お願い、目を覚まして……! 今助けるから、だから、だから――」
「「「チズル(様)……」」」
一瞬無表情になったサキちゃんは、すぐにまた貼り付けたような笑みを浮かべ、何事もなかったかのように話し出す。
「――まずはじめにご理解いただきたいのは、我々にあなたがたと敵対する意志はないということです」
「え――?」
テキタイ スル イシ ハ ナイ。
それが単なる音の羅列から、意味を持った文章として認識するのに、数瞬を要した。
「“外”のかたがたが、我々のことを何と呼んでいるかは承知しております」
苦笑めいた表情を見せるサキちゃん。
「ですが、我が国が他国への侵略を謀ったこともなければ、魔物を従えて人びとを襲わせたということもなし、そもそもわたしたちは、魔力が高いだけの――ただの人間なのです」
そうして告げられた内容は、余りにも信じがたいものだった。
「う、そ……」
「「なっ――」」
エドガーとレオン君は驚愕の声を上げ。キースさんは絶句し。
「ここベルーカは、かつて“魔族”として逐われた“人間”が逃げ延び、寄り集まって生まれた国です。世代を重ねたことで“魔力が高い”という特性は、人種的な特徴として定着しました。例えるなら、そうですね――ラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーくらいの差でしかないのですよ」
――この時、わたしは衝撃が余りにも大き過ぎて、ある重要な情報を聞き逃してしまっていたのだが、そのことに気付くのはまた後の話で……
今のわたしは、これまでわたし達が“魔族”と呼んでいた人達が実は魔族ではなかったという”事実“を受け止めるので精一杯で、それどころではなかったのだ。
サキちゃんの話を信じてもいいの……?
元々わたし達は魔王軍、魔王との対話をどうにか実現させようとしていたのだから、向こうに戦うつもりがないのなら素直にそれを受け入れればいいだけなのであって……。でも、そう言ってわたし達を油断させようとしている可能性はほんとにないと言える……?
瞬順するわたし達の内心を見透かしたかのように、サキちゃんは苦笑を浮かべたままこてんと首を傾げる。
「ずっと不思議だったのです。――なぜ勇者さまがたは、“必ずしも魔族全員が悪ではない”と、ここまで気がついていながら、“だとするなら魔王軍全体、そして魔王その人も同様であるかもしれない”とは考えないのですか? なにか、魔族が敵でなければならない理由でも?」
「「「――っ」」」
「あ、――……」
言われてみればその通りだった。
わたしは日本での創作物からの固定観念が、エドガー達はこの世界での常識が邪魔をして、“魔王=絶対悪”以外の可能性を端から除外してしまっていたのだと気付かされる。
「和平を、対話をと言いながら、なぜ勇者さまがたは武器をもってあたることを前提するのですか?」
「あ……それ、は……」
ふ、と顔から笑みを消し去り、長い睫毛に縁取られた黒い瞳でじっとわたし達を見詰めるサキちゃんに、返す言葉が見つからない……。
この世界に喚ばれてから何度も、そう、何度も自分に言い聞かせて来たこと――これはゲームではない、紛れもない現実なんだ、って――頭で分かったつもりになって、でも結局、本当の意味では理解出来ていなくて。
自分は“勇者”なんだという傲りがどこかに残っていて。だからと言って、何をしても正当化される筈もないのに……。
今回のことだって、そう。裏から“侵入”するのでなく、正面から和平の申し入れを“取り次いで”貰うことだって出来た筈なのだ。
――――サキちゃんの黒い瞳が、何の感情も映していないその眼差しが、“お前はいつまで甘えているんだ”と問い掛けているようで……。
逆ハー三人衆「やべ、ばれてる」
千鶴さん「これがゲーム脳……(違)」