別にマスコットにはならないよ、トゥッカさん
気がつけばこのお話も100話を超えようとしております。これも応援してくださるみなさまのおかげです(正直、ここまで長くなるとは思っていなかった……)。
で、ですね。ここで突然ですがみなさまにお詫び申し上げなければならないことがございまして。
「勇者どの、名をなんと申す」
「あっ、わたしは高垣千鶴――えっと、こっち風に言うとチズル・タカガキといいます!」
「ほう、姓を持っているとは……勇者どのは貴族の出身であったか」
「えっ、あ、違うんです!わたしの国では以下略……」
ネタを入れ忘れていたこと、大変申し訳なく、またこのような初歩的なミスを犯してしまったことに反省しきりでございます。
今後は、このようなことがないよう努めていく所存でありますが、みなさまにおかれましては何とぞご寛恕いただけますよう請うと同時に、これまでと変わらぬご愛顧をくださるよう伏してお願い申し上げます。
押根こむる
最近、アルスに会えていない。
勇者さま一行が、諸国外交と優雅な夜会の旅を終え、満を持しての魔の森入りを果たしたからだ。
夜の見張り番で一人になったときに、陰ながら勇者さまたちを警護しているベルーカの騎士さんたちに少しの間交代してもらってやってくるのだが、そんなタイミングは二日か三日に一度あるかどうか。
時間だって、真夜中だったり明け方だったり。
一度がんばって待とうとしてものの見事に失敗し、次からは待たずに早く寝るようにとの伝言をもらった。
ソファで沈没したはずが朝目が覚めたのは自分のベッドの上だったというのは、遅くにやってきたアルスが運んでくれたからで、その証拠と言わんばかりに、枕元にアルスの目によく似た色の魔石が置いてあるのを見つけたときは思わず小さく笑ってしまった。以来、サキは言いつけどおり無理に待つのはやめて、その代わり飲み物とお菓子、それからアルスがくれたのと同じような大きさの紅茶色の魔石をひとつ添えておくようになった。
そのまま手付かずのときもあるし、空になったお皿の中に黄緑色の石が残されているときもある。
とはいえ、明け方が見張り番になったときは、アルスがこちらに来るのではなくジェラード氏かシドニー氏が書類を向こうに持っていって署名をもらっているので、空になっている日よりも手付かずの日のほうが多いのだが。
ガラスの小瓶に増えていく魔石――これはこれで文通めいていて楽しいが、やっぱり本物に会いたい。
もう何度思ったかわからない嘆きをため息と一緒に飲み込んで、サキは鍵針を動かした。
今日は天気がよいので、みんなで庭園に出て女の子組は東屋でレース編みや刺繍に勤しみ――難しいところは侍女さんたちが教えてくれる――、男の子組は護衛の騎士さんに剣のお稽古を見てもらっている。
と、大きな魔力を持つ“何か”がこちらに向かってくる気配を感じた。針と糸をテーブルに置き、立ち上がる。
同様に異変を察知した騎士さんたちが、男の子たちを東屋に避難させるのと入れ違いに、サキは芝生に下りた。
「姫様! お戻りください!」
悲鳴があがる。
「ううん、大丈夫。それよりも、たくさんのお茶とお菓子を用意してもらわないとね」
「お茶と、お菓子ですか……?」
サキを連れ戻そうとやってきた騎士さんに問題ないと告げ、急に影の差した空を見上げた。
「ドラゴン――」
子どもたちのつぶやきが聞こえる。
「こんにちは、トゥッカバルトさま」
「トゥッカで構わぬと言ったはずだ、黒の姫君」
明るい日差しの下で見る緑色の鱗は、きらきらと輝いていてとてもきれいだった。
森の最奥からドラゴンがやってくるなどまずないことで、それがアルスやナタンたちとも親交のある相手とわかって警戒は幾分解かれたが、うっかりまずい対応でもして彼の機嫌を損ねでもすれば、この城が半壊しかねない。
しかも、トゥッカバルト氏のそばには、サキをはじめとする子どもたちが――というわけで、お城の人たちが取るものも取りあえず駆けつけたのだが、
「では、トゥッカさんは再戦の申し込みに?」
「うむ、我もあれから修練を積んだ。前回のような無様は見せぬ」
そこには、くるりと大きなからだの前に巻き付けた尻尾に腰かけたサキが、トゥッカバルト氏の持つ寸胴鍋に作りおきのほうじ茶をやかんからどぼどぼと注ぎ、その足元では、侍女さんや騎士さんたちが地面に敷布を敷いてお菓子とお茶の手配をして、と慌ただしく動き回るという、なんともいえない光景が繰り広げられていたのだった。
「練習なさったんですね。でも、トゥッカさんタマネギなんてどこで――」
「手頃な大きさの石を使ったのだ」
「ああ、なるほど」
サキはうなずき、トゥッカバルト氏は鍋を傾けた。まるでお人形用のミニチュアカップでお茶を飲んでいるように見える。
「姫さま、姫さま」
遠巻きに見ていた子どもの一人が、意を決して話しかける。
「姫さまはこちらのドラゴンさまと勝負なさって、その――勝たれたのですか……?」
「そうですよ。とはいっても、ずいぶんと手加減はしてもらったのだけど」
子どもたちだけでなく、大人たちからもどよめきがあがる。
「すごい! じゃあ、鱗は? セニエのおじいさまのお話みたいにほんとうに鱗をいただけたのですか!?」
「ええ、光栄なことにね」
「どんな魔法で勝負されたのですか、姫さま!」
目を輝かせてわらわら寄ってくる子どもたちに、サキはにっこり笑った。
「タマネギのみじん切りです」
「むう……なぜうまくいかぬのだ」
「石とタマネギとでは固さも違いますから。力が強すぎるのかもしれませんね」
サキはしぱしぱと荒みじん切りにされるタマネギを鍋で受けながら、鼻から煙を吹き出すトゥッカバルト氏をなだめる――今日の晩ごはんはミートパイにしよう、なにしろ大量のみじん切りタマネギがあるので――その膝の上には、手の平大の深い緑色の鱗があった。
そんな二人を見守るようにして、ナタンら幼なじみ三人組、それからタニアは東屋でお茶のテーブルを囲んでいる。
子どもたちは敷布の上でお菓子を食べたりこわごわトゥッカバルト氏の鱗をなでてみたり。元気が有り余っている男の子などはトゥッカバルト氏の背中を滑り台にして遊んでいる。
「でも、ずいぶんとお上手になりましたよ。さすがですね、トゥッカさん」
この前のように洞窟の壁ごとタマネギを木っ端微塵にすることもなく、しっかり威力と範囲の調節ができている。大変な進歩である。
皮をむいたタマネギを新たにひとつ手渡し、サキも宙に放り投げたタマネギに向かって魔法を放った。タマネギを空中にとどめ、縦横水平にとだいたい五ミリ幅で風の刃ですぱっと断ち切り、鍋で受ける。そろそろ片手で持つのが辛くなってきた。
「姫よ、そなたはタマネギのまわりをわざわざ結界で覆っているようだが、それは余分な手間にはならぬのか?」
「タマネギって、切ると目とか鼻が痛くなる成分が空中に散るんです」
「ふむ、そういうことであったのか」
目と鼻に優しいひと手間を加え、トゥッカバルト氏がタマネギを少し荒いくらいのみじん切りにする。
「魔の森深層の支配者がタマネギをみじん切り……」
「――まあ、トゥッカは森のドラゴンたちの中でもとりわけ気さくなお方ですから……」
頭痛をこらえているようなジェラード氏の声と、それに苦笑で返すナタン。
横にタニアがいるからだろうか、普段なら大笑いしていたであろうシドニー氏は、肩を震わすだけと比較的おとなしい。
「トゥッカバルトさま、わたくしたちで花冠を作ったんです、受け取っていただけますか?」
縄跳びにもできそうなくらいの花冠を女の子たちが差し出した。
「おお、愛らしい贈り物だな。礼を言うぞ娘たち、持ち帰って壁にかければ殺風景な我が棲みかも少しは華やぐだろう」
角に色とりどりの花を編んでできた冠を引っかけて目を細めるトゥッカバルト氏に、女の子たちは「きゃー!」と歓声をあげる。
「トゥッカバルトさま。トゥッカバルトさまはすごいドラゴンさまなのですよね、どうやったらそんなにお強くなれるんですか? いつか僕も陛下や将軍閣下みたいに、トゥッカバルトさまの鱗をいただけるくらいに強くなれますか?」
「たゆまぬ努力を続けることだ。それから己に合った戦い方、魔法の使い方を見つけ出すことも重要だな――そなたらが森の洞窟を訪れる日を楽しみに待っておる」
頬を紅潮させてうなずく男の子たち。
今日も魔王さまのお城は平和であった。
カボチャのポタージュスープ……まだ書いてなかったよね、たぶん。
ハンバーグとかオムライスのお供に作ると喜ばれる。
え、作り方?いつも適当だよ、うん。
材料:
・カボチャ 4分の1個
・タマネギ 2分の1個
・バター 小さじ1くらい
・コンソメキューブ 1個
・牛乳
・塩こしょう
作り方:
・ざく切りにしたカボチャとタマネギ、コンソメキューブををかぶるくらいの水で煮る。
・しっかり柔らかくなったら火からおろし、荒熱が取れたらミキサー、フードプロセッサにかける。または裏ごしする。
・水気が少なくてミキサーにかけにくいときは牛乳でのばしながらかけるとよい。あんまりがんばってミキサーを回しすぎると泡立ってしまうので注意。
・牛乳でお好みのかたさにのばし、沸騰させないように温め、バター、塩こしょうで味を調える。
メモ:
・薄切りにして焦がさないように炒め、しんなりタマネギが透き通ってきたらバターを加え、水、コンソメで煮てもよい。
・カボチャとタマネギの他に、ニンジンやジャガイモを加えるのもグッド……これ、カボチャっていうより野菜ポタージュですね。
・カリフラワーやキャベツ、ゴボウなどなど、いろいろなポタージュを楽しみたい。とろみが足りない野菜を使うときは、小麦粉とバターでとろみをつけるか、ジャガイモをつなぎに使うなどするとよりポタージュっぽくなるでしょう。
・生クリーム少々を加えるとより本格的。レストランで出てくるみたいにお皿によそったあとで、こう、くるっと回しかけるとか。コーヒーフレッシュで代用も可。