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作者: 数寄亭 福

「今年もとんだ狂い咲きじゃあないか」



学制帽をきゅう、と目深にかぶり直して、風にさらわれそうになる漆黒の外套をずるずると自らの細長い身体に巻きつけた。冬。今年も巡った四季において、最も冷たく実りのない季節がやってきた。男が立つ大地もまた、冬に誘われてやってきた冷気と乾燥に覆われて活気がない。動物どころか植物の気配が少ないそこでは、彼の眼前に厳格な様で立つそれがやはり異様で、異質で、どこまでも幻想的に風に凪いでいた。


男の表情は窺うことはできないが、からからと喉を鳴らした様子からまあ、気分は良いようだ。男は、話しかけた相手をちらりと見てまた嫌味ったらしい口調で言いだした。



「やはりお前は今咲くのだなあ。他を見てみろよ、寂しいものだぜ。よくもこんな時季に花開くものだよ。この物好きめ」



くくく、と喉を鳴らすようにして嗤う。しかしその中には侮蔑のような響きを含みつつも親しみを感じられた。依然表情の見えない男だが、風が躍らす外套の裾が男の隠れた感情を表すようにゆらゆらとはためいていた。


男が、実りのない大地を踏み分けて美しきそれに近づく。やはり、だとか、なんだかな、などと特に意味のない言葉をこぼしながら、まるで幻か何かを撫でるようにするりとそれに指を滑らせた。やがて、男は口から音を吐くのもやめてしんとした寒さだけがそこに居座った。音をやめてしまうには寂しすぎる空間であったが、男が静けさを落とすと、その間を埋めるようにそれはざわり、ざわりと揺れた。



「励ましか? それとも慈愛のつもりかい? 一人寒々しく咲いているから仲間でも欲しいっていうのか? 俺ァなんだって望んじゃあいねえし、なんにも与えることはしねえがよ、周りは死ぬほど俺を怖がっているのに、なぜお前は俺に構うんだ? なあ、」



にたり、とそこでようやく男の口元がーー本心がーーちらりとのぞいた。お前にだって関係あるんだぜ、と、意地悪く尋ねるが、男の前のそれは揺れるだけでなにも返すことはない。ただただ、男の前で優しく揺れているだけである。


逆に、男の足元の短い草たちはざわざわと風とともによく鳴いた。おびえた様子でわななく。彼はそれを傍目で見やって見なかったことにした。どうせいつものことである。見ようが見まいが、無意味な行為だーー本当は、どうであれーーと終結させて一度自身を落ち着けるように目を伏せて、意志の強い黒々とした瞳でそれを見た。



「俺ァよ、どこまでもさらい続けるぜ。残されたものがどうなろうと、持って行かれたものがどう思おうと、俺自身の快楽のために動くんじゃあなく、これが世界の理ともいうべきなのだからな」



男の声が、不敵な台詞回しの割に、不意にぐらりと揺れた。貧弱に曲がった、声が。静かな空間に漏れたものの、ほんの一瞬であった。ちらりと姿を見せた臆病なところはすかさず黒い衣に隠し、自らからも見えぬ中へ、中へと押し込んだ。




「いつの時代も、季節が何度巡ろうと、お前が何度花を咲かせようとも、俺はお前たちになにものをも返すことはない。ただただ、巡りを止めぬよう、俺は狩り続けるのみだぜ」




ざわり、ざわり、とそれは揺れた。風がそれを高く舞い上げて、空に花びらが無数に踊った。命の匂いを吸わせぬよう、ゆっくりゆっくり、誰の手にも届かない上空へと静かに花弁は吸い込まれた。


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