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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
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18.

 壁から姿を現したエレノアは舐めるように累と市子の姿を見つめ、顎に指をそえた。

「てっきりリリーの力で吹き飛ばされてしまったかと思ったけど……うふ、うふふ。可愛い顔してそこそこやるじゃない」

「ふ、ふざけないでよ!」

 カッと頭に血が上った。

 くつくつと笑い声を漏らすエレノアに、累は恐れも忘れて詰め寄る。

「滅茶苦茶にもほどがある! 私達が死んだらどうするつもりだったのさ!」

「どうもしないけれど?」

「え……」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 エレノアは人差し指を立て、出来の悪い子供を諭すような口調で言う。

「他人の命なんて些末な問題よ。自分の目的を達成すれば良いの」

「そんな……」

「ねぇ累ちゃん、あなたもう少し残酷になった方がいいわ。蒐集師は欲に取り憑かれた者どもよ、欲に駆り立てられる者どもよ」

 エレノアは猫撫で声で騙りながら、累の眉間に人差し指を当てた。

 異様に熱い体温が肌に伝わる。

 その熱に脳髄まで焼かれるような気がして、累は思わず身を固くした。

「目的のためなら何もかも轢き殺すような気構えがなければやっていけないわ。ねぇリリー?」

「……さぁ、どうでしょう」

 壁にもたれて立っていたウォーターリリーが静かに答える。その青い瞳は、どこか哀れむような色を湛えてエレノアの姿を見つめていた。

 それに構わず、エレノアは火傷痕を醜く歪ませて笑う。

「累ちゃん、あなたはいくつなの?」

「え、その、じゅ、十六歳……だけど……」

「十六! 私より三歳下なのねぇ、うふふふ――そっちの市子ちゃんは?」

「……さぁ、ね。それよりも早くるいから離れてくれないかしら」

 市子の声に、累の背筋がすっと冷たくなった。

 それは聞いたこともないほど低く、口調は淡々として抑揚がない。累はエレノアと向き合ったまま視線だけをなんとか動かし、市子の様子を見た。

「市子……?」

 ざわざわと、風も吹いていないのに黒髪が揺れる。

 爛々と光る紅い瞳は、ひどく冷ややかにエレノアを見つめていた。

「どうして? 私はこの子に大切なことを教えているのよ」

 深緑の袖で口元を隠し、エレノアが笑う。

 途端、周囲の空気がすうっと冷えていった。どこからともなく霧が漂い、四人の姿をうっすらとにじませていった。

「そんなことは知らないわ。だってあなた、るいの事を殺めてしまいそうなんだもの」

「……本当にそれだけが理由ですか?」

 ウォーターリリーがわずかに首をかしげ、静かに問いかけた。

 市子は答えない。ただその紅い瞳の輝きが揺らぎ、消えた。同時に霧はゆっくりと引き、周囲の気温も少しずつ元に戻っていく。

 市子はしばらくウォーターリリーをどこか不満げな様子で見つめ、ふっと視線をそらした。

「……るいが死んだら、わたしが困るの」

「ふむ……なかなか興味深い」

「リリー、少し黙っていて。今は私が喋っているのよ、私がこの子と喋っているの」

「……失礼しました、エレノア」

 ウォーターリリーは目を伏せた。

 温室で、ウォーターリリーは『友人』の存在を口にした。それはエレノアである事は間違いない。だが、彼女に対するエレノアの扱いはとても友好的には見えない。

 しかしそのことについて言及するよりも早く、累の肩がエレノアに掴まれた。

「い、痛っ……!」

「いいわぁ、いい……友達が知らない子と仲良くしていたら嫌よねぇ。しかも自分の時よりもうんと楽しそうにしていたらもっと嫌。しかもしかも、そいつが自分の大嫌いな相手だったりしたら――」

「づ、ぅ……!」

 異様な熱が肩に伝わってくる。

 エレノアの力自体は大したことはない。だがその体温は異常に高く、まるで指先に火を灯しているように感じられた。


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