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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
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17.

 ゆらゆらと揺り動かされている。

 まるで霞がかかったように思考がはっきりしない。自分が今どこにいるのかさえ――。

「るい、るい……大丈夫?」

 その声に、累の意識は闇の底から引きあげられた。

 目を開けると、寄せ木細工の天井を背景にして市子が覗き込んでいる。紅い瞳は、どこか心細げに揺れていた。

「市子……」

「具合はどう? 痛むところはない?」

 市子が手を伸ばし、顔にぺたぺたと触れてくる。

 ぎこちないその手つきがややくすぐったく、累はゆるゆると首を振った。

「平気……どうなったの? 何が起きたの?」

「わからないわ。わたしも、少し意識を失ったから。ただ、防壁が壊れて――あの子が」

「あの子?」

 体を起こしつつ、累は市子の視線の先を見る。

 すぐ目の前に、市子の言う『あの子』はいた。まばゆいばかりの白い毛皮、そこに浮かび上がる黒々とした縞模様。

「え、と、虎……?」

 累は反射的に短刀に手を伸ばしかけた。

 しかし虎はまるで彫像のように停止していて、二人に向かって襲ってくる様子はない。

 その静かな金の瞳を見つめているうちに、ある名前が頭に浮かんだ。

「……白虎村正」

 静かな声で、累はその銘を呟いた。

 応えるように、虎はゆっくりとまばたきをした。

 直後その姿は溶けるように消え去り、あとには一振りの小太刀が残る。

 どうやら、先ほどの騒乱の中で落としてしまったようだ。

「あの子が、わたし達を守ってくれたのよ」

「……そう」

 市子の助けを借りつつ、累は立ち上がる。

 床に横たわる白虎村正をそっと持ち上げ、累は柄頭から鞘の尖端までを見つめた。

「……ありがとね」

 白虎村正をホルダーの空いている場所に固定し、改めて累は辺りを見回す

 そうして、息を呑んだ。空太のキラによって一部が破壊されたはずの赤い土壁には傷一つ無く、床板はたった今し方磨き上げたように天井の明かりを照り返している。

「どういうこと……? さっき確かにあそこらへんに大穴があいて、空太のキラで床も吹き飛ばされて……これじゃまるで」

「まるでなにもなかったみたい、ね。でも、さっきの出来事は夢ではないわ」

 言葉を引き継ぎつつ、市子が累の側を通り過ぎた。四、五歩ほど歩いたところで立ち止まると、彼女は白い指先を足下に向ける。

 そこには銀色の金属の破片が散らばっている。

「これ、空太の結界装置……そうだ、空太は? 他の人はどうなったんだろう」

「わからないわ。わたしが起きたときにはもう誰もいなかった」

「あの後、一体何が――」

「あら、あら、あらぁ? コレは面白いこともあるものねェ」

 突然響き渡ったエレノアの声に、累は反射的に白虎村正の柄に手をかけた。

 しかし廊下のどこにもその姿は影も形もない。

 市子が紅い瞳をほのかに光らせ、辺りをゆっくりと見回した。

「……どこにいるの? かくれんぼをするつもりはないのだけれど」

「うふふふふ、そんな怖い顔しないでちょうだい。――リリー、お願い」

 近くの壁に青白く輝く円が浮かんだ。そこからゆっくりと緑の袖が――しなやかな腕から肩にかけてのラインが――そして、醜い火傷痕が現れる。


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