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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
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16.

「御託は良いわ、リリー」

「エレノア……」

 ウォーターリリーは顔を上げ、物憂げにエレノアを見つめた。

 エレノアはせき立てるように軽く顎を動かす。

「もうこの茶番にも飽きたわ。早くそのケダモノを始末して。そして、この窮屈な空間をどうにかしてちょうだい」

「良いでしょう。ですが、今のままでは結界の破壊には少し手こずるかも知れません」

「……制約を果たせば良いということね?」

 その問いに、ウォーターリリーは目を閉じて小さくうなずいた。

 エレノアは小さく鼻を慣らすと、緩く手を広げる。

「くっ……ろ、六郎! 想起させるな! もっともっとぶちかませ!」

 焦燥にうわずる声で空太が命じた。

 熊はうっとうしそうに体をゆらしつつ、続けざまに咆哮を上げる。立て続けに衝撃波が放たれ、天井や壁を破壊しながら累達を襲った。

 防壁に蜘蛛の巣状にひび割れが走り、累の顔が蒼白になる。

「ちょっ、まっ……! 修復が間に合わな――!」

「落ち着いて。わたしもなんとか手伝うわ……」

 市子の声とともに、累の肩が引き寄せられた。突然の密着に再び硬直する累の目の前で、防壁が薄いみずがねの膜で覆われていく。

 その向こうから突然、澄んだ歌声が響いた。

「Rule, Britannia! Britannia, rule the waves:」

「エレノアさんの声……?」

 それまでの禍々しさが嘘のように美しいエレノアの声。

 滑らかに紡ぎ出されるその歌に、累は状況も忘れて聞き惚れる。

「Britons never never never will be slaves. ――ウォーターリリー。仮称『パクス=ブリタニカの残光』よ」

 早口で歌い切ったエレノアは鋭い声でウォーターリリーの名を呼ぶ。

 ウォーターリリーは目を閉じたまま答えない。

「制約は果たした。汝の形を想起せよ」

「――重畳。全て御意のままに」

 ウォーターリリーが片目を開けた。瞬間、その瞳が青白く煌めいた。

 きん、きんと硝子の鈴の音が響く。

 まるで雪のように、ウォーターリリーの周囲に透明な結晶が舞った。それはきらきらと光を反射しながら、徐々に数を増やしていく。

「……雪って、こんな感じなのかしらね」

 累の肩を抱いたまま、市子がほうっと感嘆のため息を漏らした。

 一方の累は震える手で、マギペンを握り直す。

 雪のように硝子の結晶が舞う様は確かに美しい。だがその光景に、累は一抹の不安を覚えた。

 と、硝子の結晶が熊の肩に触れた。

 その瞬間、耳障りな悲鳴を上げて熊が大きく後ずさる。見れば、筋肉が隆起したその肩は深々と切り裂かれ、白い骨までが晒されていた。

 空太がひゅっと息を呑む。

「な、な、なんだ……なんだよ、なんだそれ……!」

「うふふふふ……怯えてる? ねぇ、怯えているの? 私のリリーはね、あなたの持っているケダモノとは格が違うのよ。なにせ、リリーの本当の名は――」

「エレノア。今のわたくしにその名を名乗る資格はございません」

 愉快そうに喉を鳴らして笑うエレノアを、ウォーターリリーが手で制する。

 エレノアはわざとらしく肩をすくめた。

「あらあら……恥ずかしがり屋ねぇ」

「今のわたくしは所詮残骸。もはやその名を名乗る資格は――さて、あまり手加減はできません。お嬢さん方、どうにか防いでくださいな」

 ウォーターリリーは緩やかに手を広げる。

「――Remember,1851」

 その瞬間、空間を満たしていた結晶の流れが一瞬停止する。しかし青白い閃光が無数にスパークし、辺りは青白い閃光満たされた。

 視界が青白く染まる刹那、累はウォーターリリーの背後に巨大な影を見た。

 硝子と鉄。

 睡蓮ウォーターリリーの葉脈にも似た鉄骨と硝子板で組み上げられた、空前絶後の――。

「城――?」

 しかし、累がその姿をはっきりと認識する事はできなかった。

 硝子張りの巨大宮殿の姿は夢の如く消え――直後、視界は真っ白に白熱した。

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