15.
「なんて声……!」
「くっ、う――!」
耳を塞ぐ市子をよそに、累はぐっと掌を前に押し出す。すると防壁の上にさらに無数の波紋が散り、ひびを修復していく。
爆音により壁は震え、さらに悲鳴のような音を立てる。
新たに無数のひびが走った。しかしどれも微細なモノで、壁そのものが壊れる気配はない。
「いける、耐えられる……!」
ひびを片端から修復しながら累は何度もうなずいた。
次いで咆哮の第二波が放たれる。
咆哮が暴風を巻き起こし、床板がメリメリと音を立てて剥がれた。なにもかも根刮ぎ吹き飛ばしそうな衝撃波を、累の防壁は細かな亀裂だけで凌ぎきる。
「るい、ひびが……!」
「大丈夫!」
どこか不安げに瞳を揺らす市子の手を、累はぎゅっと握る。
最初は彼女のひんやりとした肌や、絡みついてくる指先に恐れを抱いた。だが今は、この手をとても心強いモノに感じた。
「とりあえず、この防壁があればどうにか――う、ん?」
突きだした指先にかすかな熱を感じ、累は目を見開いた。
防壁を中心に、無数の火花が飛び散っている。辺りは相当な高温になっているのか、周囲の風景は陽炎のようにぐらぐらと揺れていた。
「これ、あなたのまじない?」
「いや、これは……」
「もう十分よ、十分。お腹いっぱいよ」
うんざりしたようなエレノアの声が響く。
はっと累がその方向を見ると、エレノアは唇を歪めて空太と六郎を見ていた。その周りには無数の札が空中を舞い、赤く輝いている。
「結界だ……それもすごく強い。辺りの温度を変えちゃうくらい強力な結界……それを一瞬で、しかも詠唱もなしに展開したわけ……?」
無傷のエレノアを見て、累は息を呑んだ。
畏怖の目を向ける累をよそに、エレノアは大げさに肩をすくめる。
「その程度のキラしか持っていないの? がっかりだわ、とてもがっかり――リリー、ねぇ、そうでしょう?」
「まぁ、百年なら普通このようなものでしょう。そこそこ響きましたよ」
ウォーターリリーはブラウスの袖を軽くめくった。
少女らしい、白く滑らかな肌が晒される。だがそこにはまるで一筋の黒い亀裂が深々と走り、ウォーターリリーが指を動かすたび、きしきしと小さな音を立てた。
異形の傷に空太が目を剥く。
「な、なんだそのヒビ……!」
「硝子は割れるものですよ、坊ちゃん。なにもおかしい事はありません、それが自然の摂理なのですから――まぁ」
ウォーターリリーはひびをなで上げた。
するとカチリと音を立てて亀裂が塞がり、消え去った。
「摂理から外れたわたくしが語ることではありませんね……」




