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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
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13.

 爪をくるりと手の中で回し、空太が唇を噛む。

 しかしその躊躇は一瞬で終わった。空太は意を決したように思い切り牙を振りかぶると、それを自分の手の甲に突き立てる。

「くぅうううううう!」

 苦痛の叫びとともに、大量の血が鈍い音を立てて滴り落ちた。

 とっさに、累は市子の服の袖を掴んだ。

「……どうしたの、るい」

「もっと近寄って。――なにか、すごく嫌な予感がする」

 袖をぐいぐいと引き、累は市子を自分の側に引き寄せる。市子は素直にそれに応じ、さらに累の肩に手を回して密着した。

 累が思わず硬直した瞬間、空太の怒鳴り声が空気を震わせた。

「くそ、くそ、くそ――! なにしてる六郎! 見ただろ! 制約は果たしてやった! お前の形を想起しろ! 今すぐに!」

 熊の影がゆらりと揺れた。

 直後、それはみしみしと音を立てて一気に膨れあがる。波打っていた影は本物の獣の毛並みへと変質し、むっとした獣のにおいが押し寄せてきた。

「あら、あら、いやだわぁ……」

 エレノアが表情を歪め、深緑の袖で鼻と口元を覆う。その側で、ウォーターリリーは腕を組んだまま相変わらず物憂げな表情で変貌していく熊の影を見つめていた。

「ヤバイ、巻き込まれたらたまったもんじゃない――!」

 慌ててマギペンをコルセットベストから抜き取り、累はマギペンを空中に滑らせる。光の軌跡が絡み合い、複雑な陣を形作っていった。

「きれい……」

「触っちゃ駄目! 崩れちゃう!」

 淡く輝きを放つ模様に触れようとする市子の手を押しとどめ、累は急いでペン先を走らせる。

「うまくいけばいいけど――よし! 末ノ松山波超サジトハ――【波瀾封陣はらんふうじん】!」

 なんとか陣を描き上げ、累は早口で呪文を唱え挙げた。

 陣が強い光を放った。しかし直後、それは硝子の割れるような音を立てて跡形もなく霧散する。

 累は大きく舌打ちした。

「だめ――! 私の力量じゃ出来ない……! 先生だったら陣もいらないのに!」

 波瀾封陣は、今まで累が教えられた中では最強の防御を誇る術だ。

 それをたやすく行使してみせためぐるの姿を思い浮かべつつ、累はまたマギペンを握る。

 獣の唸り声が聞こえた。

 はっと前を見れば、巨大な熊が身を震わせていた。その体高は天井にまで達し、その肉体は鋼のような筋肉に覆われているのが見て取れた。

 大顎から微かな蒸気を零し、熊の前足が感覚を確かめるように床を軽く叩く。


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