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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
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12.

「なんッッッ――なんだ、クソぉおお!」

 甲高い叫び声。

 驚いて前方に視線を移した累の眼に、巨大な黒い獣の影が移った。

「え……っ!」

「下がりなさい、るい!」

 硬直する累の前に市子が経つ立つ。

 閃光が影を裂いた。熊に似た形をした影は空中で真っ二つになり、溶けるように霧散する。

 剣を軽く振るい、市子が空太を睨む。

「まだキラを持っていたの……!」

「それはボクのッ――ボクのだ!」

 耳障りな声で悪態を吐きながら、空太がよろよろと立ち上がる。震えるその手には、艶やかに光る黒い獣の爪を握りしめていた。

 顔を引きつらせ、ぶるぶると震える指先を累に向ける。

「お前、よくもッ……! よくもボクのキラを壊したな! ボクが――このボクがどれだけ力を尽くして、そいつを――!」

「――うふ、うふふ。何を、何を言っているのかしら?」

 直後、その場の空気が凍り付いた。

 空太の顔が一気に蒼白を通り越して白くなる。壊れた眼鏡の向こうでその目がぎょろぎょろと動き、大穴――先ほど骸骨武者が破壊した壁を見る。

 大穴の向こうで、ゆらりと影が揺れた。

「なっ……なんで、お前――!」

「何を、言っているの? あれはもう、貴方のキラじゃない」

 声の主――エレノアは抑揚のない声で言いながら、ぺっと血の混じった唾を吐いた。

 途端、その顔が不気味なほどに華やかな笑みを貼り付けた。

「貴方捨てられたのよ、キラに。うふふふふ……未熟な坊ちゃん、キラの躾も出来ないのねェ」

「黙れ! 死に損ないが……! 捨てられただと! そんなはずがッ――!」

「しつこいねェ、しつこい……いい加減、この茶番も飽きたわ」

 エレノアはため息を吐くと、ゆるりと深緑の袖に包まれた腕を持ち上げた。

 そして、ぱちりと一つ指を鳴らした。

「この声が届くなら、現れなさい――ウォーターリリー」

「えっ……なんで、その名前を」

「――御意」

 その名に累が目を見開いた瞬間――深いため息がどこからか響いた。

 きん、と硝子の鈴の音が鳴る。

 近くの壁に、青白い光の円がぼうっと浮かび上がった。ぴしぴしと音を立てて、円の中心から透き通った指先が――硝子で出来た腕が現われる。

 透き通った硬質な肌は外気に触れた途端、柔らかな少女のものへと質感を変えていった。

「なんだ……なんだよ! まだ仲間がいたのか! ――行け、六郎!」

 泡を食った空太が牙を振るった。

 するとその足下から、再び熊の影が飛び出す。大柄な影は牙を剥きだし、どこかおぼろげな咆哮とともに青白く輝く壁へと突っ込んだ。

 壁から完全に抜け出したウォーターリリーが目を開け、冷ややかに獣の影を見る。

「ウォーターリリー!」

 このままでは押し潰されてしまう――焦燥に駆られた累はその名を叫ぶ。

 しかし直後、ガチリと硬い音が響いた。

「……二百年。いえ、百年と少しでしょうか」

 振り下ろされた熊の手は、掲げられたウォーターリリーの右腕によって止められていた。

 ウォーターリリーは目を伏せ、小さくため息をつく。

「正確な期間はわかりませんが、かなり新しいキラですね」

 ぴし、ぴしと小さな音がウォーターリリーの体から響いた。

 ウォーターリリーは目を細めると、鋭く身を翻した。強烈な蹴りが熊の腹に叩き込まれ、その巨体がよろめくようにして後退する。

 軽く右手をさすり、ウォーターリリーはため息を吐いた。

「死してなおも消えない人間への憎悪を感じる……なのに人間に使われるとは、複雑ですね」

「うふふふ、これは面白いわ。人間に恋してるアナタとは真逆じゃない」

「エレノア……」

 低い笑い声を漏らすエレノアに、ウォーターリリーがどこか呆れたような視線を向ける。

 唇に残っていた血を拭い、エレノアは嘲るように顎をそらした。

「あぁ、違うわ。アナタは思い出に恋してるんだものね、リリー」

「わたくしにはもはや思い出しか残されておりませんので――それよりもエレノア、あなたはまた無謀をしましたね。そんな風に傷を――」

「あぁああもう鬱陶しいなぁ! 六郎! 何してる! とっとと動け!」

 腕を振り回し、口から泡を散らして空太が怒鳴る。

 熊の影はわずかに主人を振り返り、低い唸り声を上げた。その声に空太は顔を蒼白にして、こめかみをさらに引きつらせた。

「な、なんだと……その程度で制約を果たせだって!? ふざけてるのか!」

 熊の影はふーっと息を吐き、前足を床に叩きつける。

 それに空太は一瞬怯えたように身をすくめた後、歯をぎりりと鳴らした。

「くそっ、くそっ……! 来い! 六郎!」

 空太がその名を叫ぶよりも早く、ヒグマの影が大きく後退する。


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