3.
「――わりとあっけないな」
累はふっと息を吐くと、それまでオオカミが立っていた場所に近づいた。
「……あった」
赤く輝く小さな箱が地面に落ちている。
累が軽くつつくと箱は溶けるように消え去り、その中身だけが残った。
それは乳白色の牙だった。緩やかに湾曲したそれは累の手とちょうど丈は同じくらい。古い物なのか、ところどころ細かな亀裂が走っている。
「元はニホンオオカミの牙かな。それにしても大きすぎるけど」
呟きながら、累は牙を掴み取る。
掌の上に載せてよく観察すると、牙の表面にはところどころ複雑な模様が刻み込まれている。
そしてそれは燐で描いたかのように、青白く光っていた。
累はうっとりと眼を細め、模様を指先でなぞる。
「……これが、私の最初のキラ」
キラ――それは、古今東西の珍品の中でも、さらに特異なもの。
人の想念や時の流れの影響によって、奇妙な力を宿した宝物のことを示す。かつて日本では、それらをまとめて『物怪』と呼んでいた。
そして累はそのキラを集める蒐集家――の、見習いだった。
「どこかの御神体として扱われてたのが、流れに流れてこの有様――ってところか」
言いながら、累は青白く光る渦巻き模様を指先でたどる。
その時、鼻先を微かな腐臭がかすめた。
「っ――!」
累はとっさに横っ飛びに転がる。
直後、累が立っていた場所の地面にどす黒い何かが頭を突っ込んだ。
砂埃が舞い上がり、地面が小さく振動する。
累は手早く牙をウエストバッグのポケットにしまい、短刀を抜き払った。