9.
「どうにかあの骸骨を壊さないと」
先ほどよりもさらに後方に着地し、市子が呟く。
顔をしかめ、累は自分の手を見下ろした。五指の腹が避け、血が手首まで細く流れている。
「だけど近づけないじゃん……少なくとも六道輪じゃ押さえられない」
「他のまじないはないの? もっと強力な奴」
「いくつか使えるけど、六道輪や鉄鎖とかと違って少し手間がかかるんだ……あいつが、仕掛ける時間を与えてくれるとは思えない」
「ふぅん……剣の早さ以外は、遅いみたいだけど」
がしゃがしゃと音を立て、骸骨武者が近づいてくる。装備の重さ故か、その体は左右に危なっかしく揺れていた。
迫り来る相手を前に市子は眉を寄せ、唇に触れた。
「……何か、もっと楽な手はないかしら」
「あるわけない。たいてい物事は苦しいものだよ」
「ばかね。苦痛から逃れようという考えが発展と成功の鍵でしょう」
市子は鼻を鳴らし、両手を軽く広げた。
床に向けた掌からみずがねがしたたり落ち、二つの剣を形成する。それを構え、市子は累をかばうように立った。
「ともかく考えなさい、るい。あの骸骨を沈める楽な手を」
「む、無茶言わないでよ! 私はそんな、慣れてないし――!」
「でも、あなたはわたしよりもキラに詳しい」
市子は言って、音も無く歩き出す。まるで散歩でもするような、無防備な歩き方だった、
骸骨武者の手がぴくりと動いた。
銀の閃光が閃く。一瞬で錆びた刀が振り抜かれ、市子めがけて叩き込まれる。
市子はわずかに顔を歪め、その刃を受け止めていた。
「っ――足止めならいくらか出来るわ」
「市子……!」
「お願いよ、るい」
市子は押し殺した声で言って、刃を跳ね上げた。
飛び散る火花、鳴り響く剣戟。
目の前で戦う市子の動きに奮い立たされ、累は両手で自分の頬を打つ。
「どうすれば……何か、何か――!」
親指の爪を噛み、必死で骸骨武者の動きを見る。
前後左右にぐらぐらと揺れているが、その動きはみじんの隙もない。代わる代わるに繰り出される市子の剣を、錆びた刀一つでさばいている。
「っはは! 何をしたって無駄さ! 白虎村正はな、剣術に長けていたかつての主の怨念が染みついた妖刀だ! 刀の使い手以外は全て敵と見なして八つ裂きにするんだ!」
床を叩き、狂ったように空太が笑う。
骸骨武者を破壊するか、その動きを止めなければ空太の元までいけない。
しかし空太の言うとおり、骸骨武者の剣は達人の域に達している。先ほどは猛攻を仕掛けていた市子は徐々に押されつつあり、防戦一方だ。
「るい、どうなの!」
「待って、待って! 今考えてるから! ここはやっぱり逃げ――!」
「逃がすわけないだろ……!」
カツッと音を立て、天井に何かが刺さった。
目の前の戦いから視線をそらし、累は頭上を見上げる。そこには、細い銀色の注射器のような何かが突き刺さっていた。
その側面に、緑のランプが灯る。
途端、累は一気に周囲の空気の流れが遮られたのを感じた。
「なに……!」
得体の知れない感覚に累は思わず後退する。しかしその背中に、堅く冷たい感触を感じた。
仰天した累は後ろを向き、手を伸ばす。
「壁……壁がある! これ――結界か!」
「この廊下はボクの――ボクの作った結界装置で完全に封鎖した! お前達は絶対に逃げられない……ここで、ボクの力で殺されるんだよ!」
「くっそぉ!」
累は悪態をつき、見えない壁を渾身の力で殴りつけた。
他人の張った、ましてや機械の力で張られた結界の解除方法など知らない。




