8.
空太は床を叩き、甲高い声で笑った。
「ひっははは! 馬鹿だなぁ! 改造したのさ!」
「改、造……?」
思いもよらない言葉だった。
一瞬思考が停止する累をよそに、空太は笑い声を上げる。
「元々こいつはキラとしちゃ大したことのない、粗悪な数うちの小太刀だった……それをさ、鍛え直してやったんだ! ボクの力でさ!」
「な、なにそれ……」
空太の言っている意味が理解できない。累の脳――あるいは、累を蒐集師たらしめている根源的な何かが、空太の言葉を理解を拒絶していた。
違和感ばかりが胸の中に積み上がり、累は思わず口元を押さえる。
「刃を精製し直して、ハンドルの部分に綺羅石を精製した芯材を入れて……我が家の技術でより強靭に、より見栄え良くしてやったんだよ……!」
空太は恍惚とした顔で、床に突き立てたサバイバルナイフを見つめる。
その瞬間、違和感が一気に弾けた。
「そ――そんな事が許されるの!?」
「るい?」
驚いたような顔をする市子の前に歩み出て、累は空太を睨み付ける。
「キラが生じる条件は3つ! 一つは時間経過、もう一つは環境の影響、最後は作者がそうあるべきとして作った場合!」
かつて、めぐるから聞いた言葉が脳裏に蘇る。
『私達は救いがたい欲の亡者だ』
『だからこそ、その欲望の対象を尊重しなければならない』
「キラを改造するって事は、時間も、環境も――作者さえ否定するって事でしょ!? キラの存在そのものの否定じゃんか! そんな――そんなのって――」
ウォーターリリーの姿を思い出す。
あの二百年もの間人間を見てきたという、硝子と鉄によって作られたキラは――空太によって改造されたという村正を見て、一体何を思うだろう。
「……るい、るい。許せないのはわかるけれど、ちょっと――」
押し殺した声で市子が呼ぶ。
制止するようなその動きをしかし無視して、累は渾身の声で叫ぶ。
「そんなの冒涜じゃん!」
「だからなんだ!」
錆びた刃が唸りを上げる。
空太の怒号とともに骸骨武者の刀が振るわれ、累めがけて迫った。
「うわっ……!」
「るいッ!」
市子が累の前に飛びだし、鋭く手を払う。
銀色のみずがねが空中に弧を描いた。直後、錆びた刀が市子の側面めがけて叩き込まれる。
耳障りな金属音とともに、市子の体がわずかに傾ぐ。
「市子!」
「平気よ。……もう、ひやひやさせないで」
市子が深々とため息を吐く。
その右手は指先から肩までがみずがねに覆われ、錆びた刃を防いでいた。
軋みを上げ、骸骨武者が再び刀を構え直す。
「新米のくせにグズグズうるさいんだ! どうせその言葉も誰かの受け売りだろ!」
空太が怒鳴り、片手を激しく振る。
その動きに合わせ、骸骨武者は刀を繰り出した。めちゃくちゃに襲い来る斬撃の波に、両手をみずがねで覆った市子が応戦する。
「駄々っ子ね……!」
やや苦しげに市子が笑う。
彼女がやや押されつつあるのを見て取り、累は素早く印を結んだ。
「六道輪ッ!」
瞬時に六つの光の枷が飛び、骸骨武者の両手を拘束する。
「ぐっ……!」
指先に痛みが走り、累は眉をしかめた。
まるで無数の糸で、きりきりと指を縛り上げられているかのような痛み。それに呼応するように、拘束された骸骨武者の体がぎしぎしと音を立てる。
「ボクはキラをより魅力的にしてやったんだ! その何が悪いと言うんだよ!」
「つぁあ……!」
指先にさらに激痛が走った。
累はなんとか精神を集中し、拘束をより堅いものにしようとする。
しかし、その手を市子が掴んだ。
「拘束を解きなさい、るい」
「だけど――痛っ!」
ぷつりと指先が裂け、血が滴り落ちた。
手首を伝う赤い雫を見て、市子が切羽詰まった様相で叫ぶ。
「解きなさい! 早く!」
「くぅ……!」
悔しさに累は歯を噛みしめ、六道輪を解除する。
直後、錆びた刀が振り下ろされた。市子は累の腰に手を回し、高く跳躍する。
唸りをあげて刃が側面を通り過ぎた。
宙を跳ぶ二人の髪を風で掻き乱し、刀は床に深々と亀裂を刻み込む。




