4.
市子が隣に立ち、壁に掛けられた絵をしげしげと眺める。
「ほとんど、八尾比丘尼の絵みたいね」
「うん……食欲失せるなぁ」
「……ねぇ累、こっらの絵はどんな話を題材にしているの?」
一番端に掛けてあった絵画を市子が指さした。
それは全体的に黒を基調とした油絵だった。青白い肌をした黒衣の男が、無数の花々に囲まれた女に真っ赤な柘榴を渡している場面を描いている。
女は迷うような表情をしながら、ルビーの粒にも似た柘榴の実を口に運んでいる。
その構図に、累は目を見開く。
「……ハデスとペルセポネー?」
「外つ国の話?」
「あ、うん。たしかギリシャ神話だけど……」
蒐集のため、めぐるから美術や神話に関する基礎的な知識は教わっている。その中に、確かこの冥王の物語はあった。
女神の娘ペルセポネーに恋をした冥王ハデスは、彼女を冥界に連れ去った。冥界の柘榴を口にしたペルセポネーは、死者の国から戻ることを許されず――。
「……なんでこの絵を描いたんだろ」
「父様は外つ国の本をたくさん読んでたから……その中から気に入ったものを題材にしたんじゃない? 実際、父様が好きそうな絵面だし」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
市子の言葉に、累は親指の爪を噛んだ。
ひどく違和感があった。八尾比丘尼の隣にギリシャ神話という構図も奇妙だったが、ハデスとペルセポネーという題材そのものが気になる。
「……死そのものを恐れた人が、どうして冥界の絵を――」
「――あぁああああ!」
廊下のほうから微かな悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのある、甲高い男の声。思考を中断し、累はマギペンを引き抜く。
「この声……葵空太!」
「あら、知り合い?」
「ここに入ってくる前に私を殴った女の仲間! あいつら……絶対許さないんだから!」
首をかしげる市子に怒鳴り返しつつ、累は食堂の出口へと駆け出す。
怒りにまかせて扉を開けようとした。しかしノブをひねりかけたところで、空太と一緒に行動していたはずの梨沙の存在を思い出す。
梨沙も空太も、蒐集師としての経験は累よりも上のはず。
累はきつく歯を噛みしめると、ノブをひねろうとしていた手を止める。
「……市子、お願いがあるんだけど」
「倒せばいいの? あなたの敵なのでしょう?」
市子は片手で髪を弄びながら、もう片方の手を軽く伸ばした。その掌から糸のようにみずがねが滴り落ち、銀色に輝く太い針を形成する。
「いや、ひとまずは相手の様子を見る。援護してくれる?」
「ふぅん……まぁ、構わないわ」




