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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
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2.

「ちょ、ちょっと!」

 累が止める間もなく、市子は思い切り剃刀を引いた。

 白い肌が真一文字に切り裂かれ、鮮血が迸る。しかしそれはほんの一瞬のことで、肌に刻まれた赤い線は見る見るうちに消えていった。

 手首に滴る血を指先で拭い、市子はふてくされた様子で肩をすくめた。

「腕を切り落とされても、はらわたを抉り出されても平気。放っておけばすぐに治ってしまうもの。ただ人間の血を呑まなければ、治りがとても悪くなってしまうけれど」

「それ、やられた事あるの?」

「あるわ。それ以上に痛い事もたくさん」

「誰がそんな事を――」

「ふふ……わたしのこと、そんなに知りたいの?」

 その甘ったるい声に背筋が震えた。

 ゆらりと市子は立ち上がり、累の枕元に近づいた。

 嫌な予感を感じた累はとっさに起き上がろうとする。しかし市子はそれよりも早く累の肩を押さえつけ、その唇に指を差し込んだ。

「んっ、ふ……!」

 血の味のする指先に舌を絡め取られ、歯列をなぞられる。

 累の口内を嬲りつつ、市子はうっすらと笑った。

「父様よ。全部、父様がやるのよ。……こう言うとあなた、どうしてそんな事をするのか聞こうとするでしょう? 質問の多い子だものね」

「く、ぐ……!」

 喉の近くまで一気に指を差し込まれ、累は苦悶に身をよじった。

「知らないの。ただ覚えていないくらい昔から、わたしは父様の傀儡だったことは確か」

「っ……!」

 口から指を抜かれ、累は大きく息を吐く。

 濡れた指先で、市子は鉄格子の向こう側を示した。

「父様はね、あなたが入ってきたあの扉から来るの。そうしてまずわたしの体を壊してから、夕方から夜明けまでその様子を描いている」

「はぁ、は……!」

 荒い呼吸を繰り返しながら、累は額を押さえる。

 なにかが、おかしい。

 市子が口内を嬲るたび、思考が霞んだ。逃げたいという思いが消えていった。

 血を奪われすぎて、変になってしまったのだろうか。

 ――大丈夫、どうせすぐにおかしくなるから。

 めぐるの言葉が脳裏に蘇った。

 肩をきつく抱きしめる。今は市子よりも、なにかが確実にずれていきつつある自分がたまらなく恐ろしくてならなかった。


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