2.
「……かかった」
累はにやりと笑い、地を蹴った。
その瞬間、オオカミが振り返った。迫り来る累に向かって牙をむき出し、地の底から響くような唸り声で威嚇してくる。
しかし累は構わず、右手の指を素早く動かした。
その指先に光の糸が絡み、六つの円環をモチーフにした複雑な紋様を描き出す。
「【六道輪】!」
累は叫び、輝く掌を前に押し出した。
その掌中から、六つの光の枷が飛びだした。それらはまるで拘束具の如くオオカミの手足や胴体に嵌まり、ギリギリと体を締め上げらる。
苦悶の唸りとともに身をよじるオオカミを前に、累は腰のホルダーから短刀を抜き放った。
雲間から注ぐ月光を照り返し、鋭い刃が暗闇に閃く。
「もらった――!」
裂帛の叫び声とともに、累は青く輝くオオカミの胸元に短刀を叩き込んだ。
湿った暗闇に青白い光が飛び散った。
甲高い悲鳴を上げ、オオカミがのけぞる。地面に着地した累はすぐさまその後に飛び、苦し紛れに振り下ろされた獣の前足をかわした。
ずんっと音を立て狼の爪が地面にめりこむ。
直後、その足の輪郭が一瞬揺らいだ。
胸元から青白い光をぼろぼろと零しつつ、オオカミの体が崩れていく。その毛並みはじょじょにかげろうのように揺らぎ、闇に溶けていった。
崩壊を始めるオオカミを前に、累は指先を揃えて立てる。
「綺羅――ッ!」
オオカミの周囲に赤く輝く壁が現れた。
光の壁は立方体を形成し、獣の体を閉じ込める。封じ込まれたオオカミは狂ったように吠え立て、壁を裏側から掻き毟った。
「――縛匣!」
累は叫び、十文字に宙を切る。
立方体が一気に収縮。爆音とともに、肉片すら残さずオオカミの体を押し潰した。
そうして、辺りに静寂が訪れた。