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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅲ.火宅の剣
39/58

1.

 見知った自宅に、見知らぬ世界があった。

 母は、累の知らない男を連れていた。累の知らない赤ん坊を抱いていた。

 累の知らない顔で笑っていた。

 自分だけがいない幸せな風景を前にして、累は「あぁ」とようやく納得した。

 どうやら自分は母の特別にはなれなかったらしい、と。


 意識こそ失わなかったが、それでも強い虚脱感を覚えた。

 このままでは満足に動けない。

 そこで累は回復した市子に対し、安全な場所で少し休みたいと頼んだ。

 市子はいくらか考えるそぶりを見せた後でうなずき、累を支えて屋敷の中に入った。

 そして今、累は市子の言う安全な場所で休んでいる。

「……ここが、安全な場所」

「仕方ないじゃない。わたしだってこの屋敷のこと、よく知らないんだから」

 鏡台の前で身なりを整えていた、市子が少しむっとした様子で眉を吊り上げた。

 累は布団の上で首だけを動かし、辺りを見回す。

 外から見たときよりも中は広い。一面畳張りの空間だ。和箪笥や小さな本棚、花や木々をデザインした衝立などが置かれている。

 奥には襖がある。市子の話ではその向こうに小さな風呂や、厠があるらしい。

 そして累の背後には、ひしゃげた鉄格子がある。

「……確かに、そうだね。あんた、この座敷牢以外は知らないんだものね」

「そうよ。わたしの部屋だもの」

 櫛で髪を整えながら、市子は拗ねたように唇を尖らせる。

 累は寝返りを打ち、市子の背中を見た。

「改めて聞くけど……あんた、何者なの?」

「わたしは夜真の娘よ。それ以外の何者でもないし、何者にもなれない」

 市子は振り返った。

 先ほどウォーターリリーによって切り刻まれたはずのその体。しかし今その白い肌には傷一つなく、セーラー服には血の一滴もなかった。

 その紅い瞳をまっすぐに見つめ、累は慎重に問いかけた。

「本当に……人間なの?」

「知らないわ」

 市子はふっと視線をそらし、くるくると自分の髪を弄ぶ。

「だって、わたしにも自分が人かどうかわからないから」

「あんたにも……?」

「えぇ。物心ついた時からずっとこの牢の中にいたわ。そして、ずっとこんな体だった」

 言いながら市子は鏡台の引き出しを開け、剃刀を取り出した。

 そうしてその刃を、自分の手首にあてがう。


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