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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅱ.月光硝子
37/58

11.

「――よろしい」

 やがてウォーターリリーは目を閉じ、剣を下ろした。

 そして左手を無造作に振るう。途端、その手に嵌められていた光の枷が一気に砕け散った。

「貴女に免じて、今回はそのイチコとやらを許しましょう」

「あ、ありがとう……」

 感謝しながらも、累は内心震えが止まらなかった。

 未熟な累の術とは言え、六道輪はそれほど簡単に解けるまじないではない。それを一瞬で無効化したこのキラは、一体どれだけの力を持っているのか。

 累の恐怖をよそにウォーターリリーは剣を振るい、それを傘に戻した。

「それにわたくしも、いくらか興味が涌いて参りました」

「興味……?」

「この屋敷と、そのイチコという存在に。――今回は友人が屋敷で仕事をしている間は、この温室から出ないつもりだったのですが」

 ウォーターリリーは傘を差し、累を見やる。

「蒐集師のお嬢さん。貴女は名前をなんというのですか」

「わ、私は……支倉累よ」

「ルイ……おや、まぁ。言いやすい名前」

 累がおずおずと名乗ると、ウォーターリリーはわずかに唇を吊り上げた。

 だがすぐに笑みを消し、そっと累に人差し指を向ける。

「ルイ、よくお聞きなさい。貴女は恐らく蒐集師としてまだ日が浅いでしょうから、二、三点大事な事を教えて差し上げましょう」

「な、なんで? 私は蒐集師だよ? 貴女も対象に入ってるかも知れないのに」

「……大した理由はありません。貴女は、どことなくわたくしの友人と似た気配がするので」

「友人……そういえば、その人も今屋敷にいるのよね?」

「えぇ。少し仕事をしに」

 累がたずねると、ウォーターリリーはうなずいた。

 屋敷にいる――累の脳裏に浮かんだのは、自分を陥れた二人の存在だった。

「もしかしてそれ、岡崎梨沙とか、葵空太って名前だったりする?」

「……聞き覚えのある名前ではありますが、違いますね。私の友人は日本人ではないので」

「え、それじゃその人は一体――」

「――最初の忠告です」

 その時、ウォーターリリーの指先が累の唇に触れた。

 思わず口を噤む累に対し、ウォーターリリーは反対側の人差し指を唇に当ててみせる。

「わたくしの友人に、干渉しないこと」

「干渉……?」

「友人はやや、不安定な性格をしているので――何が起こるのか、保障ができない」

 ウォーターリリーは指を離し、物憂げに吐息を漏らした。

 累はごくりと唾を呑む。

「……知らないヤツには近づくな、ってこと?」

「そうなりますね。友人に限らず、蒐集師という人種は欲を糧に生きている。欲しい物のためならば手段は問いません。命が惜しければ近づくものではない。――そもそも、命が惜しければ蒐集師になどなるべきではないのです」

「や、やめるつもりはないよ! 私は私だけの特別なモノを探してるんだから!」

 累は激しく首を振った。

 ウォーターリリーはまた小さくため息をつく。

「……難儀な人種ですね。まぁ、よろしい。次の忠告を致しましょう。キラを探しているのなら、まずはそのキラを知ることです」

「キラを……知る……?」

「そう。キラを欲するのならばキラの本質を掴まねばならない。そのキラがどのように造られたのか、あるいはどのような時間を経たのか……」

「……なんかできる気がしないんだけど。あんたみたいにぺらぺら喋るならともかく」

「我々は本来言葉を持たない存在です」

 ウォーターリリーは首を横に振った。

「わたくしも自我を持ったとは言え、その本質は語らない。物の良さを理解するのは人間であり、本質を語るのは人間です。物はそこに存在するだけなのです」

「……キラでもそこは変わらないの?」

「えぇ。ただ、我々は知られたがりの存在です。忘れ去られることを恐れている」

 ウォーターリリーは緩やかに手を広げてみせた。

「我々の本質を示すヒントは怪異に――あるいははざまの中に存在している。庭園の作り、屋敷の装飾。よく見て、知ってあげてくださいな」

「……私にわかるのかな」

「すぐに理解できるでしょう。この空間に存在するキラは、とてもわかりやすい。――そろそろ時間ですね。わたくしはこれで失礼させていただきます」

 ポケットから取り出した懐中時計を確認し、ウォーターリリーは目を見開いた。

 傘を差す彼女に、累は慌てて問いかける。

「どこにいくの?」

「先ほど申し上げたとおり、わたくしも色々興味が涌いて参りましたので――では、失礼」

 ウォーターリリーは恭しく会釈すると、きびすを返した。その背中が遠ざかり、熱帯や亜熱帯の木々の枝葉の間に消える。

 再び、あの寂しげな歌が月下の温室に響いた。

 ――Greensleeves was my heart of gold

 ――And who but my lady greensleeves......

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