11.
「――よろしい」
やがてウォーターリリーは目を閉じ、剣を下ろした。
そして左手を無造作に振るう。途端、その手に嵌められていた光の枷が一気に砕け散った。
「貴女に免じて、今回はそのイチコとやらを許しましょう」
「あ、ありがとう……」
感謝しながらも、累は内心震えが止まらなかった。
未熟な累の術とは言え、六道輪はそれほど簡単に解けるまじないではない。それを一瞬で無効化したこのキラは、一体どれだけの力を持っているのか。
累の恐怖をよそにウォーターリリーは剣を振るい、それを傘に戻した。
「それにわたくしも、いくらか興味が涌いて参りました」
「興味……?」
「この屋敷と、そのイチコという存在に。――今回は友人が屋敷で仕事をしている間は、この温室から出ないつもりだったのですが」
ウォーターリリーは傘を差し、累を見やる。
「蒐集師のお嬢さん。貴女は名前をなんというのですか」
「わ、私は……支倉累よ」
「ルイ……おや、まぁ。言いやすい名前」
累がおずおずと名乗ると、ウォーターリリーはわずかに唇を吊り上げた。
だがすぐに笑みを消し、そっと累に人差し指を向ける。
「ルイ、よくお聞きなさい。貴女は恐らく蒐集師としてまだ日が浅いでしょうから、二、三点大事な事を教えて差し上げましょう」
「な、なんで? 私は蒐集師だよ? 貴女も対象に入ってるかも知れないのに」
「……大した理由はありません。貴女は、どことなくわたくしの友人と似た気配がするので」
「友人……そういえば、その人も今屋敷にいるのよね?」
「えぇ。少し仕事をしに」
累がたずねると、ウォーターリリーはうなずいた。
屋敷にいる――累の脳裏に浮かんだのは、自分を陥れた二人の存在だった。
「もしかしてそれ、岡崎梨沙とか、葵空太って名前だったりする?」
「……聞き覚えのある名前ではありますが、違いますね。私の友人は日本人ではないので」
「え、それじゃその人は一体――」
「――最初の忠告です」
その時、ウォーターリリーの指先が累の唇に触れた。
思わず口を噤む累に対し、ウォーターリリーは反対側の人差し指を唇に当ててみせる。
「わたくしの友人に、干渉しないこと」
「干渉……?」
「友人はやや、不安定な性格をしているので――何が起こるのか、保障ができない」
ウォーターリリーは指を離し、物憂げに吐息を漏らした。
累はごくりと唾を呑む。
「……知らないヤツには近づくな、ってこと?」
「そうなりますね。友人に限らず、蒐集師という人種は欲を糧に生きている。欲しい物のためならば手段は問いません。命が惜しければ近づくものではない。――そもそも、命が惜しければ蒐集師になどなるべきではないのです」
「や、やめるつもりはないよ! 私は私だけの特別なモノを探してるんだから!」
累は激しく首を振った。
ウォーターリリーはまた小さくため息をつく。
「……難儀な人種ですね。まぁ、よろしい。次の忠告を致しましょう。キラを探しているのなら、まずはそのキラを知ることです」
「キラを……知る……?」
「そう。キラを欲するのならばキラの本質を掴まねばならない。そのキラがどのように造られたのか、あるいはどのような時間を経たのか……」
「……なんかできる気がしないんだけど。あんたみたいにぺらぺら喋るならともかく」
「我々は本来言葉を持たない存在です」
ウォーターリリーは首を横に振った。
「わたくしも自我を持ったとは言え、その本質は語らない。物の良さを理解するのは人間であり、本質を語るのは人間です。物はそこに存在するだけなのです」
「……キラでもそこは変わらないの?」
「えぇ。ただ、我々は知られたがりの存在です。忘れ去られることを恐れている」
ウォーターリリーは緩やかに手を広げてみせた。
「我々の本質を示すヒントは怪異に――あるいははざまの中に存在している。庭園の作り、屋敷の装飾。よく見て、知ってあげてくださいな」
「……私にわかるのかな」
「すぐに理解できるでしょう。この空間に存在するキラは、とてもわかりやすい。――そろそろ時間ですね。わたくしはこれで失礼させていただきます」
ポケットから取り出した懐中時計を確認し、ウォーターリリーは目を見開いた。
傘を差す彼女に、累は慌てて問いかける。
「どこにいくの?」
「先ほど申し上げたとおり、わたくしも色々興味が涌いて参りましたので――では、失礼」
ウォーターリリーは恭しく会釈すると、きびすを返した。その背中が遠ざかり、熱帯や亜熱帯の木々の枝葉の間に消える。
再び、あの寂しげな歌が月下の温室に響いた。
――Greensleeves was my heart of gold
――And who but my lady greensleeves......




