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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅱ.月光硝子
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10.

 その惨状に、累は我も忘れてウォーターリリーの腕を掴んだ。

「止めて! もう十分でしょ! 本当に死んじゃ――!」

「いいえ、まだ不十分ですわ」

 ウォーターリリーは丁寧に累の手をほどくと、市子の方を見やった。

 辺りは血の海とかしていた。そこに無数の硝子片が散らばり、月光に煌めいている。

 その中で、ぼろぼろの市子が倒れ伏していた。

「いや、いや……こんな、ぼろぼろで……」

 かすれた声を漏らし、市子がなんとか起き上がろうと動く。しかしその手も、足も、体中が鋭利な硝子片に裂かれ、貫かれていた。

 あれでどうして、生きているのか。

「……本当に怪物のよう」

 目を見開く累をよそに、呆れたようにウォーターリリーがため息をつく。

 ばしゃりと音を立て、起き上がりかけた市子が倒れた。

「あぁ……!」

「――まぁ、さすがに」

 ウォーターリリーが白い傘を軽く振るった。

 瞬間、それはたちまち青白い光とともに透明な硝子の剣へと姿を変える。それを手に、ウォーターリリーはつかつかと市子の元へと歩みを進めた。

「ひどいわ、ひどい……なんでこんな……」

「怪物といえど、首を落とせば死ぬでしょう」

 もがく市子の前に立ち、ウォーターリリーはゆっくりと硝子の剣を振り上げる。

 煌めく刃を見た瞬間――累は考えるよりも先に動いた。

「――六道輪ッ!」

 突き出した掌から六つの枷が飛ぶ。それはまさに振り下ろされかけていたウォーターリリーの腕と剣に嵌まり、その動きを封じた。

 ぴたりとウォーターリリーが動きを止め、わずかに振り返る。

「……何故『これ』を庇うのです、お嬢さん」

「その……あの、えっと……よくわかんないけど……」

 無表情なまなざしを向けられ、累は思わず縮み上がった。

 しかしぐっとこらえ、累は市子の側に駆け寄る。

「ど、どうしよ……どうすればいいのこれ。ちょっと、その市子、意識は――」

「……放っておいて」

 市子がぼそりと答え、ぐっと身を縮めた。どことなくふてくされたようなその声に累は驚愕すると同時に安堵する。

 うずくまる市子を庇うように立ち、累はウォーターリリーと向き合った。

「あの……多分この子は邪悪とか、そんなんじゃないの。助けてもらったりもしたし……」

「貴女は『それ』に搾取されているのは」

「いやまぁそうだけど、でもなんか色々事情あるみたいだし……この子、ずっと牢屋の中にいたの。だから、その、多分色々わかっていない」

 実際、市子は人との距離感の計り方がよくわかっていないと思われる節が多々あった。

 奇妙にすり寄ってきたり、あるいは急に突き放したり。

 今までの言動を思い出しつつ、累はウォーターリリーに訴える。

「私はその、なんとかなってるから――だから、今は見逃してくれない?」

 その言葉に、ウォーターリリーは青い瞳を細めた。

 月光に照らし出されたその顔は、いっそう作り物めいた印象が強くなったように思える。

 ぞわぞわとした寒気を感じつつも、累はじっと彼女の目を見つめた。


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