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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅱ.月光硝子
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9.

 その背中に、累は思わず手を伸ばした。

「ま、待って! 何をするつもりなの?」

「決まっているでしょう。あの醜悪な生き物を抹消します」

「抹消って――こ、殺すって事!? なんで!?」

「……ふ、ふふ、ひどいわ」

 絶句する累をよそに、市子が低い声で笑った。

 体に刺さっていた槍を全て抜き取り、無造作に投げ捨てる。小さなうめき声を上げつつよろよろと立ち上がった市子の瞳は、鬼火のように輝いていた。

「人に造られたものは、人からは逃れられない。その存在は人のためにある事を望まれる」

 ウォーターリリーは冷ややかな口調で言う。

 その先で市子が素早く手を払い、空中にみずがねの線を描き出した。

 みずがねの線が波打つ。直後そこから無数の針が放たれる。銀色に輝く大量の針がウォーターリリーに――そして累めがけて迫った。

 眼前に迫る鋭い針に、累は目を見開く。

「いち――!」

「――故に我々は人間を愛する」

 誓いにも――あるいは憂いにも似た静かな言葉が耳朶を打った。

 ぴたり、とウォーターリリーが傘の尖端を針の群れに向ける。その瞬間、彼女の足下から透き通った波が立ち上がった。

 波の表面に無数の波紋を散らし、全ての針が呑み込まれる。

 ウォーターリリーが傘を振るった。

 その動きに答えるように透明な壁が渦を巻き、凶暴なライオンの頭へと形を変える。硝子のライオンは咆哮を上げ、市子めがけて襲いかかった。

 市子は高く跳び、その牙をかわす。

 その体から、まるで赤い雨の如く地面に血が降り注いだ。

「さ、さっきの傷――!」

 ウォーターリリーによって、市子は死んでいなければおかしいほどの傷を負ったはず。

 累は目を見開き、跳躍する市子の姿を追う。

「う……」

 着地の瞬間、かすかな呻き声が聞こえた。

 さらに大量の血液が零れ落ち、ばたばたと音を立てて地面を濡らす。市子の顔が痛々しく歪み、血に染まったその体がふらりと揺れた。

 その一瞬を、ウォーターリリーは逃さなかった。

「わたくしは人に造られたモノの性として、人間をそれなりに好ましく感じている」

 指揮者のように、ウォーターリリーが空中に手を滑らせる。

 するとその周囲に、ぽつりぽつりと透明な硝子球が生み出された。それはまるで海を漂う泡のように、不安定な形に揺らぎながら空中へと昇っていく。

「故に、人間を餌と見なす貴女が――この硝子と鉄でできた胸には、受け入れがたいのです」

「う、ぐ、く……ぁ……!」

 倒れかけた市子はぐっと足に力を込め、かろうじて堪える。

 彼女がゆるゆると顔を上げた瞬間、ウォーターリリーが緩やかに片手を天に掲げた。

「――わたくしは想起いたします」

「あ……」

空中を見上げた市子が、赤い瞳を見開く。

「――翼廊に降る雨を」

 静かな呟きとともに、ウォーターリリーの指先がすうっと空中を滑った。

 その瞬間――空中から光の雨が降り注いだ。

「あ、あ、ア、アァアア……!」

 甲高い悲鳴と、立て続けに響く肉を裂く嫌な音。先ほどとは比較にならないほどの血液が崩れ落ちる市子の体を濡らし、飛沫をあげる。


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