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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅱ.月光硝子
34/58

8.

「貴女方はそう呼びますね――っとと」

 肩をすくめたのもつかの間、ウォーターリリーが大きく背後に飛ぶ。

 直後、銀色の輝きがそれまで彼女がいた空間を薙ぎ払った。

「ひッ――」

 間近に金属の冷感を感じ、累の背筋が粟立つ。

 重力を感じさせない動きで着地し、ウォーターリリーは咎めるように眉を上げた。

「不作法ですね、人が話している最中に攻撃をするなんて」

「私を無視するからいけないのよ。がらくたの分際で」

 市子が片手を伸ばす。

 その手から、銀色の液体が滴り落ちた。それは床に落ちる直前に硬化し、長い針を形成する。

 鋭く輝く針を目にし、ウォーターリリーはやや目を見開いた。

「……ほう、水銀を体内で作り出せるのですか」

「すいぎん? そんなモノは知らないわ。父様はこれをみずがねと呼んでいた」

 言いながら、市子がわずかに身を沈める。

 直後、市子はウォーターリリーの前に移動していた。累が瞬きを終えるまでの間に、ウォーターリリーの胸めがけてみずがねの針を突き出す。

 ウォーターリリーは眉を寄せ、その針を素手で受け止めた。

 きん、と硬質な音が響く。

「おや、まぁ……ずいぶん短気ですこと」

「るいに手を出したからよ。あの子は私が先に貰ったのよ。私の許可もなくるいに触れて、その血を啜ることは絶対に許さないんだから」

「ふざけた事言わないで! いつからあんたのものになったの!」

 とんでもない市子の言い分に、累は激しく抗議する。

 しかし市子はそれを無視して、全身の力をぐっと針に力を込めた。

 ぎ、ぎぎぎ、硝子と金属の擦れ合うような嫌な音がウォーターリリーの手から響く。

「……血を、啜る。ほう」

 ウォーターリリーがすぅっと青い瞳を細めた。

 その目は一瞬累を映し、ついで正面で自らを貫こうとしている市子を映す。

「貴女はあの蒐集師の子が自分の餌だと仰っているのですか?」

「そうよ、るいは私だけの餌」

「……おや、まぁ。それは」

 ピシッと小さな音が響く。

 直後、ウォーターリリーの声音が一気に絶対零度にまで下がった。

「――なんと醜悪な」

 瞬間――肉を貫く鈍い音が響いた。

 市子の体が吹き飛び、温室の壁に叩きつけられる。

「く、あ……」

 赤く濡れた硝子壁からずるずると滑り落ち、市子が呻く。

 その体は、無数の透明な槍によって串刺しにされていた。つららにも似た形状のそれが市子の肩や胸、腹に突き刺さり、てらてらと血の色に輝いている。

 人間ならば、完全に致命傷。

 あまりにも無惨なその様子に、累は思わず市子へと駆け寄ろうとした。

「い、市子……!」

「下がりなさい、お嬢さん」

 しかしそんな累の動きを、ウォーターリリーが緩く手を広げて制した。

 市子が顔を歪め、肩に突き刺さった槍を引き抜く。

「硝子の槍……! そう、あなたは硝子で作られたがらくたなのね」

「がらくたとは失敬な――まぁ、確かに今のわたくしは残骸のようなものですが」

 どこか自嘲するような口調で言いつつ、ウォーターリリーが市子に向かって歩き出す。


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