8.
「貴女方はそう呼びますね――っとと」
肩をすくめたのもつかの間、ウォーターリリーが大きく背後に飛ぶ。
直後、銀色の輝きがそれまで彼女がいた空間を薙ぎ払った。
「ひッ――」
間近に金属の冷感を感じ、累の背筋が粟立つ。
重力を感じさせない動きで着地し、ウォーターリリーは咎めるように眉を上げた。
「不作法ですね、人が話している最中に攻撃をするなんて」
「私を無視するからいけないのよ。がらくたの分際で」
市子が片手を伸ばす。
その手から、銀色の液体が滴り落ちた。それは床に落ちる直前に硬化し、長い針を形成する。
鋭く輝く針を目にし、ウォーターリリーはやや目を見開いた。
「……ほう、水銀を体内で作り出せるのですか」
「すいぎん? そんなモノは知らないわ。父様はこれをみずがねと呼んでいた」
言いながら、市子がわずかに身を沈める。
直後、市子はウォーターリリーの前に移動していた。累が瞬きを終えるまでの間に、ウォーターリリーの胸めがけてみずがねの針を突き出す。
ウォーターリリーは眉を寄せ、その針を素手で受け止めた。
きん、と硬質な音が響く。
「おや、まぁ……ずいぶん短気ですこと」
「るいに手を出したからよ。あの子は私が先に貰ったのよ。私の許可もなくるいに触れて、その血を啜ることは絶対に許さないんだから」
「ふざけた事言わないで! いつからあんたのものになったの!」
とんでもない市子の言い分に、累は激しく抗議する。
しかし市子はそれを無視して、全身の力をぐっと針に力を込めた。
ぎ、ぎぎぎ、硝子と金属の擦れ合うような嫌な音がウォーターリリーの手から響く。
「……血を、啜る。ほう」
ウォーターリリーがすぅっと青い瞳を細めた。
その目は一瞬累を映し、ついで正面で自らを貫こうとしている市子を映す。
「貴女はあの蒐集師の子が自分の餌だと仰っているのですか?」
「そうよ、るいは私だけの餌」
「……おや、まぁ。それは」
ピシッと小さな音が響く。
直後、ウォーターリリーの声音が一気に絶対零度にまで下がった。
「――なんと醜悪な」
瞬間――肉を貫く鈍い音が響いた。
市子の体が吹き飛び、温室の壁に叩きつけられる。
「く、あ……」
赤く濡れた硝子壁からずるずると滑り落ち、市子が呻く。
その体は、無数の透明な槍によって串刺しにされていた。つららにも似た形状のそれが市子の肩や胸、腹に突き刺さり、てらてらと血の色に輝いている。
人間ならば、完全に致命傷。
あまりにも無惨なその様子に、累は思わず市子へと駆け寄ろうとした。
「い、市子……!」
「下がりなさい、お嬢さん」
しかしそんな累の動きを、ウォーターリリーが緩く手を広げて制した。
市子が顔を歪め、肩に突き刺さった槍を引き抜く。
「硝子の槍……! そう、あなたは硝子で作られたがらくたなのね」
「がらくたとは失敬な――まぁ、確かに今のわたくしは残骸のようなものですが」
どこか自嘲するような口調で言いつつ、ウォーターリリーが市子に向かって歩き出す。




