7.
「正面からって――何を言っているの? この屋敷ははざまの中にある。まじないも無しにどうやって入ってくるってのさ」
「それは貴女方の話でしょう。わたくしには関係のない話でございます」
「いや、関係もなにも――」
累が言い終わるよりも早く、彼女の前を影が横切った。
音も無く、市子が累の前に立つ。ぼうっと光る紅い瞳に日傘の少女を映し、彼女はぞっとするほど低い声で問いかけた。
「あなた、何?」
「人に名をたずねるときは自分から名乗るものでしょう。――まぁ、よろしい」
少女はやや眉を寄せつつ、傘を閉じた。
そしてスカートの裾をつまみ、膝を折って優美に会釈する。
「わたくしはウォーターリリーと呼ばれる者。貴女方が英国と呼ぶ国で造られました」
「つく……られた……?」
それは人間が生まれ故郷について語るとき、決して使わない言葉。
戸惑う累に対し、市子は眼を細める。
「……あぁ、やっぱりね。あなたは人じゃない。血肉を持っているように見せかけているだけ」
「あら、まぁ。気づいてしまいましたか。でも、大したものでしょう?」
ウォーターリリーは自分の頬に手を伸ばし、軽く指で押さえてみせた。
柔らかに沈む肌を見て、市子はうっすらと微笑んだ。
「確かに外面だけはよくできたものね。……だけど中身は違う。さっきから貴女はまばたきをしないし、呼吸さえしていない」
「ッ――どういうこと……!?」
思わずウォーターリリーを凝視すると、彼女はほんの少し肩をすくめた。そうして、まるで思い出したかのようにまばたきをする。
「やれやれ……これでも二百年近く人間を見ておりますが、生命活動というものだけはどうしても真似ができませんね。一体どのタイミングで呼吸をすれば良いのやら」
「あんたは……!」
マギペンをきつく握りしめる累の前に、ウォーターリリーはつかつかと歩み寄ってくる。
そして身構える累の頬にそっと触れ、その顔をのぞき込んできた。
「貴女ならご存じでしょう、蒐集師のお嬢さん」
青い瞳が静かに笑む。
その虹彩には、青白く煌めく斑点が無数に散っていた。
それは先日、累が倒したオオカミの胸に浮かび上がっていた紋様とまったく同じ色。
「綺羅石――ッ! あんた、キラなの!?」
めぐるから聞いた話が一気に脳裏に蘇った。
それはキラの表面に時折浮かぶ、魔力が結晶化したモノのこと。結晶そのものもまじないの触媒として価値があるが、なによりキラの判別に役立つ。
ウォーターリリーの瞳に散る模様は、明らかに綺羅石から形成されていた。




