5.
「なにあれ!」
累は窓に駆け寄り、外の様子をうかがった
窓硝子の向こうには相変わらず空中を泳ぐ魚の群れと、嘘くさいほどに大きな満月という異様な風景が広がっている。
その片隅――硝子張りの建物の中から、青い光が放たれていた。
「あれは、温室? 中で何が……」
累は目をこらして中の様子を見ようとするが、ほとんど何も見えない。
そうしているうちに光は消え、庭園は再び薄闇に包まれる。
市子が累の側に立ち、同じように窓を覗いた。
「な、何か見える?」
「いいえ。さすがのわたしもこの距離じゃ難しいわ」
「あんたさっき、何かの気配を察知してたよね。何もわからないの?」
「いいえ。わたしは何かが屋敷に入ってきたと言うことはなんとなくわかるわ。だけど、どんなモノが入ってきたかまではわからないの」
「そうなんだ……どうしよう、放っておいて大丈夫なのかな、あれ」
累は落ち着きなく位置を変え、温室の様子をどうにか確認しようとする。
そんな累の肩を市子が掴んだ。
「ひっ……」
「ここでおろおろしていても仕方がないわ。見に行ってみましょう」
「い、いや、何が起こるかわからないし――」
「平気よ、わたしがいるじゃない。何を恐れることがあるの、るい」
そっと市子が累の肩に顎を乗せた。
視界の端に映る唇はあでやかな笑みを浮かべていた。頬にかすかに触れる吐息にぞくりと身を震わせ、累は市子の横顔を睨む。
「っ――私はまだあんたのこと、信用してないんだけど」
「あら、あら。残念ね。わたしはあなたのこと、わりと気に入っているのに。綺麗な顔で、血も美味しくて……」
吐息混じりの、甘ったるい呟きが耳をくすぐった。
市子の腕が累の腰にするりと絡みつく。
心臓がどくりと脈打った。累は反射的に市子の腕を振り解き、彼女から体を離した。
「な……なにするのさ!」
胸を押さえ、頬を紅潮させた累が叫ぶ。
市子は小首をかしげ、不思議そうなまなざしで累を見つめた。
「わたし、何かおかしいことをしたの?」
「し、知らない……!」
累はぶるぶると首を振る。
未知の感覚に心臓がばくばくと暴走し、頬は真夏の太陽に晒されたかのように熱い。
「だって私あんな風に誰かに密着されたことないし……! でも普通は会ったばかりの人間とあんな風にくっついたりしないものでしょ!」
「それこそ知らないわ。私はやりたい時にやりたいことをやるだけよ」
「めちゃくちゃ!」
「あら、あら。そんな風に怒ったら……あぁ、それでもあなたの顔はきれいね」
「うるさいな! どいつもこいつも顔ばっかり!」
火照った頬を押え、累は深く呼吸を繰り返した。
その様子を不思議そうに見つめていた市子は、窓の方を軽く顎でしゃくった。
「……どう、風に当たりに行ってみない?」




