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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅱ.月光硝子
27/58

1.

 廊下に出ると、辺りはしんと静まりかえっていた。

 床の上に残るおびただしい血痕が、先ほどの出来事が現実であった事を思い知らせる。

 累はきゅっと唇を引き結び、その血の跡を見つめた。

「どこにいくの?」

 背後の部屋から市子がするりと現れ、累の隣に立つ。

 累は血痕を見つめたまま、小さく答えた。

「……少し、屋敷を見て回ろうと思って」

「キラとやらを探すの?」

「うん……それにあんたの言ってたざくろ石っての、どこにあるのかなって」

「――不思議ねぇ」

「は?」

 ため息交じりの市子の言葉に、累は市子を見た。

 困惑する累の視線を受け、市子はどこか呆れたように顎をそらす。

「あんな目に遭ったのに、この屋敷から逃げだそうとは思わないのね」

「え……まぁ、せっかくここまで来たからね。むしろあんな目に遭ったからこそ、この屋敷にあるキラを見てみたいというか」

「あら、あら、変な子。あの獅子に連れていかれた男みたいになってもいいの?」

「それは……っ」

 名前も知らない男の末路を思い出し、累は思わず口を噤む。

 蒐集師は命の危機と隣り合わせだ、とめぐるから常に聞いていた。実際、これまでの簡単な蒐集業で累も何度か危険な目に遭っている。

 そして先ほど、恐らく自分と同じ蒐集師の男が無惨に殺される様を見た。

 それでも――累は視線を落とし、ぐっと手を握り合わせる。

「私は……蒐集師だから。欲しい物のためなら、命だって投げ出すよ」

「ふぅん。なんだか、難儀な職業みたいね――まぁ、いいわ。それよりも」

「う、うわっ」

 突然市子に顔をのぞき込まれ、累はとっさに後ずさろうとした。

 しかし肩を掴まれ、逃げる術を失う。

「それで、どこにいくの? この階を見て回るの?」

「……え、ついてくるの?」

 間近に迫る市子の顔に視線を泳がせつつ、累は聞き返した。

 市子は深くうなずく。その瞳は相変わらずほの暗いままだったが、陶器のように白い頬は興奮のためかうっすらと上気していた。

「当たり前よ。外に出たの初めてだもの」

「なら勝手に一人で歩いてよ! なんで私についてくるのさ!」

「だって、もしまた渇いてしまったら困るじゃない」

 市子は自身のみぞおちの辺りに手を置き、うっすらと微笑む。

 背筋に怖気が走った。反射的に、累は先ほど市子に噛まれた首筋を押さえる。

「……つまり私は血液の供給源?」

「そうなるわね」

「じょ、冗談じゃない! ふざけた事言わな――ちょ、やめてよ!」

「さぁ、早く行きましょう。もう待っているのはたくさんなの」

 累の手首を掴み、市子は鞠のように軽やかな足取りで歩き出した。

 一瞬、累は逆らおうとした。

「いっ……!」

 途端万力のような力が手首に加えられ、みしみしと骨が軋んだ。下手に逆らえば、容赦なく腕を握りつぶされてしまうだろう。

 累は抵抗を諦め、痛みに顔を歪めながら市子の後に続いた。

「っ……そういえばあんた、なんで牢の中にいたの? 夜真の娘なんでしょ?」

「今はどうでも良いわ、そんなこと」

「どうでも良くな――!」

 突然市子がくるりと振り返った。

 とっさに立ち止まる累の唇に人差し指を当て、彼女は興奮のにじむ声で囁いた。

「今はね、屋敷の中をひたすら歩き回りたいのよ。それだけなの」

「……っ」

 指先の冷ややかさを唇に感じながら、累は眉を寄せた。

 市子は無邪気に笑っている。しかし、その瞳に宿る闇の深さは変わらない。それどころかそれは、市子が陽気に振る舞うごとに深くなっていくように思えた。

 ほの暗いまなざしに累が一瞬気圧されるのをよそに、市子はくるりと方向転換する。

「――あら、この部屋とか気になるわね。入ってみましょう、るい」

「あ……か、勝手に進まないでよ! もう!」

 累は苛立ちつつも、手近にあった扉を開ける市子の後に続いた。

 微かなカビと、乾いた紙のにおいが鼻先に漂う。

 部屋の広さは、先ほどまで累達がいた部屋とそう変わらない。

 ただ、その壁は無数の本棚によって覆い隠されている。無数の本棚が部屋中に並び、それに囲われるようにして机と椅子がおかれていた。

 古びた本で埋め尽くされた空間を前に、累は目を見開く。

「図書室……?」

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