23.
累はわずかに唇を噛み、質問を変えることにした。
「なんで、私を襲ったの?」
「渇いていたから」
「……まさか喉が乾いたから私の血を飲んだとか、そんなふざけた事言わないよね?」
「違うわ」
市子は首を振り、つかつかと累の元に歩み寄ってきた。
先ほどの記憶が蘇り、累は思わず寝台の上から逃げ出そうとする。しかしそれよりも早く、市子が累の上にのしかかってきた。
「ちょっ……や、やだ!」
「渇くのは、この辺り」
累の胸元――みぞおちの辺りに指を置き、市子は言った。
どうやら危害を加えるつもりがない事を察し、累は暴れるのをやめる。
「……ここが渇くって、どういうこと?」
「さぁ、ね。ただわたしは人の血を呑まないと、ここが渇いてほとんど動けなくなってしまう」
「……だから、私の血を?」
「そうよ。美味しかったわ……とっても」
市子は眼を細めると、累に向かって手を伸ばした。
その手を反射的に払いのけ、累は逃げるようにして寝台から離れる。
しかし軽い目眩を感じ、床に膝をついた。
「うっ……」
「あまり激しく動かない方が良いと思うわよ。……もうずいぶん長い間渇いていたから、少しもらいすぎてしまったの」
「長い間って……どれくらい?」
「さぁ……渇きすぎてしばらく眠ってたから、正直どれくらい時間が経ったのやら」
市子はベッドに腰かけると、指を軽く折りながら考え出した。
「最後に起きていたときは寒かったから……十二月くらいだったかしら。ああでも、友禅流しがどうとか言ってたから……」
「十二月って……今、七月なんだけど」
「待って。もしかしたら新年を迎えていたかも。えっと……明治二十四年だったかしら」
「……冗談はやめてよ」
累は引きつった笑みを浮かべ、ゆるゆると首を振った。
しかし市子は気にする様子もなく、顎に軽く触れながら「ああ、二十四年だったかしら……あまり覚えていないのよね」などとぼやいている。
その様子に累をからかうそぶりはない。累は笑みを消し、ぎこちなくたずねた。
「今は何年だと思う?」
「そうねぇ。今までで一番長く眠ったから……もしかして明治二十五年か、六年くらい?」
「……『平成』って言われて意味わかる?」
「へいせい? 気持ちが静かと言うこと?」
きょとんとした顔で、市子が首をかしげる。
まるで嘘を吐いている様子がない。累は言葉を失い、天井を仰いだ。




