表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅰ.綺羅と累囚
23/58

21.

「ひっ――」

 息を呑む累の前で、獅子の体がカタリと音を立てた。

 直後、獅子の胸が弾かれたように左右に開いた。その中からまるで蛇の巣を突いたかの如く無数の腕が現れる。

 累に向かって伸びてくるそれは、ことごとく赤く染まっていた。

「なんだこれ――!」

 累は悲鳴を上げ、とっさに横っ飛びに転がって腕を避ける。

 背後で無数の腕が槍の如く壁に突き刺さった。しかしいくつかの腕は累の動きを追い、体勢を立て直そうとする彼女の足首を掴んだ。

「うあっ!」

 転んだ直後、累の体が一気に獅子の方に引きずられる。

 獅子の体ががちゃんと音を立てた。はっと顔を上げる累の前に、赤色が広がった。

 前方で待つ獅子の胸が左右に開いている。

 その中には白と赤に彩られた、小さな空間があった。

 そしてそこに、先ほど見た男の死体が無造作に押し込められていた。無数の腕に絡め取られた男の死体はあちこちが裂け、潰れている。

 あの中に、自分も入るのか――累の顔から血の気が引いた。

「く、く、この――!」

 累は必死で足を掴む腕を蹴る。

 しかし腕はびくともしない。もがき続ける累の鼻先に、血のにおいが漂った。

「離してよぉ……!」

 ついに泣き声をあげる累の爪先が、獅子の胸の中にわずかに吸い込まれた。

「――あら、あら」

 微かなため息が聞こえた。

 直後、獅子の体に銀色の閃光が叩き込まれる。

 獅子の胸から死体の血を飛び散った。獅子の体が大きくのけぞり、ふらつくように後退する。その足下に、破壊された木の腕が大量に転がった。

 足首が解放される。累は死にものぐるいで後ずさり、獅子から距離を取った。

「な、なにが……」

「この屋敷、こんな作りになっていたのねぇ」

 その声に、累の背筋が総毛立った。

 凍り付いたまま視線だけ動かし、自分の隣を見る。そこにはあの座敷牢の少女が佇み、獅子に向かって片手を伸ばしていた。

 獅子の目がゴロリと蠢き、少女の姿を捉える。

「お前も、人形なの?」

 座敷牢の少女はうっすらと微笑み、小首をかしげた。

 悲鳴のような軋みを立て、獅子の体が反転する。獅子はカタカタとせわしなく音を立てながら、逃げるようにして廊下の向こうへ姿を消した。

 しん、と辺りが静まりかえる。

 何が起こったのかさえ理解できず、累は呆然と獅子の背中を見つめていた。

「――今度こそ捕まえたわ、るい」

 甘ったるい囁きが耳元を掠めた。

 硬直する累の肩を背後から抱きしめ、少女がくつくつと低い声で笑う。

「ひどい子よね、あなた。わたしをもう一度閉じ込めようとして」

「は、離してッ!」

 累は座敷牢の少女の腕を振り解こうともがおた。

 途端、抱擁の力が一気に強まった。万力のような力で首を締め上げられ、累はあえぐ。

「が、あぐっ……く……!」

「だめよ、もう逃がさない。あなたがいないと困るの」

「はなしッ……死っ、たく……くっ、なっ――!」

「あら、殺したりしないわ。そんなもったいない事をするわけがないでしょう」

 座敷牢の少女は累の襟元をぐいと引いた。

 ボタンがちぎれ飛び、仄白い首筋から肩にかけてが外気に晒される。

 累の顔から血の気が引いた。

「や、やめっ――」

「――では、いただくわ」

 必死の制止も聞かず、座敷牢の少女は累の首筋に顔を埋める。

 鼻先に微かに甘い香りが漂った。少女の髪が露わになった肌の上を流れ、そのくすぐったさに累は思わず身をよじる。

 その直後――ぶつりと音を立て、鋭い歯が肉に突き立てられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ