21.
「ひっ――」
息を呑む累の前で、獅子の体がカタリと音を立てた。
直後、獅子の胸が弾かれたように左右に開いた。その中からまるで蛇の巣を突いたかの如く無数の腕が現れる。
累に向かって伸びてくるそれは、ことごとく赤く染まっていた。
「なんだこれ――!」
累は悲鳴を上げ、とっさに横っ飛びに転がって腕を避ける。
背後で無数の腕が槍の如く壁に突き刺さった。しかしいくつかの腕は累の動きを追い、体勢を立て直そうとする彼女の足首を掴んだ。
「うあっ!」
転んだ直後、累の体が一気に獅子の方に引きずられる。
獅子の体ががちゃんと音を立てた。はっと顔を上げる累の前に、赤色が広がった。
前方で待つ獅子の胸が左右に開いている。
その中には白と赤に彩られた、小さな空間があった。
そしてそこに、先ほど見た男の死体が無造作に押し込められていた。無数の腕に絡め取られた男の死体はあちこちが裂け、潰れている。
あの中に、自分も入るのか――累の顔から血の気が引いた。
「く、く、この――!」
累は必死で足を掴む腕を蹴る。
しかし腕はびくともしない。もがき続ける累の鼻先に、血のにおいが漂った。
「離してよぉ……!」
ついに泣き声をあげる累の爪先が、獅子の胸の中にわずかに吸い込まれた。
「――あら、あら」
微かなため息が聞こえた。
直後、獅子の体に銀色の閃光が叩き込まれる。
獅子の胸から死体の血を飛び散った。獅子の体が大きくのけぞり、ふらつくように後退する。その足下に、破壊された木の腕が大量に転がった。
足首が解放される。累は死にものぐるいで後ずさり、獅子から距離を取った。
「な、なにが……」
「この屋敷、こんな作りになっていたのねぇ」
その声に、累の背筋が総毛立った。
凍り付いたまま視線だけ動かし、自分の隣を見る。そこにはあの座敷牢の少女が佇み、獅子に向かって片手を伸ばしていた。
獅子の目がゴロリと蠢き、少女の姿を捉える。
「お前も、人形なの?」
座敷牢の少女はうっすらと微笑み、小首をかしげた。
悲鳴のような軋みを立て、獅子の体が反転する。獅子はカタカタとせわしなく音を立てながら、逃げるようにして廊下の向こうへ姿を消した。
しん、と辺りが静まりかえる。
何が起こったのかさえ理解できず、累は呆然と獅子の背中を見つめていた。
「――今度こそ捕まえたわ、るい」
甘ったるい囁きが耳元を掠めた。
硬直する累の肩を背後から抱きしめ、少女がくつくつと低い声で笑う。
「ひどい子よね、あなた。わたしをもう一度閉じ込めようとして」
「は、離してッ!」
累は座敷牢の少女の腕を振り解こうともがおた。
途端、抱擁の力が一気に強まった。万力のような力で首を締め上げられ、累はあえぐ。
「が、あぐっ……く……!」
「だめよ、もう逃がさない。あなたがいないと困るの」
「はなしッ……死っ、たく……くっ、なっ――!」
「あら、殺したりしないわ。そんなもったいない事をするわけがないでしょう」
座敷牢の少女は累の襟元をぐいと引いた。
ボタンがちぎれ飛び、仄白い首筋から肩にかけてが外気に晒される。
累の顔から血の気が引いた。
「や、やめっ――」
「――では、いただくわ」
必死の制止も聞かず、座敷牢の少女は累の首筋に顔を埋める。
鼻先に微かに甘い香りが漂った。少女の髪が露わになった肌の上を流れ、そのくすぐったさに累は思わず身をよじる。
その直後――ぶつりと音を立て、鋭い歯が肉に突き立てられた。




