19.
「はっ、は……っく!」
畳の上に体を引きあげ、累は一瞬安堵する。
しかしすぐに背後から迫ってきているものの存在を思い出し、体を起こした。
震える手でマギペンを抜くと、階段の足板に素早く陣を描き出す。
「――【打火】!」
鋭く声を発した瞬間、陣がバッと光を放った。同時に足板が爆ぜ、ガラガラと音を立てて古い木の階段が階下の薄闇へと落ちていく。
先ほど六道輪で弾きあげた蓋に手をかけ、累はそれを叩きつけるように閉めた。
「はぁ……」
蓋を両手で押さえたまま、累は深く息を吐く。
体を屈め、冷たい木の板に耳を当ててみる。階下からはなんの音も聞こえない。階段を落としたことで、あの座敷牢の少女も諦めたのだろうか。
そのまましばらく深呼吸をしているうちに、累の思考は徐々に落ち着いてきた。
「……なんだったんだろう、あの子」
何故牢の中にいたのか。何故この空間にいるのか。
そもそも、人間なのか。彼女に感じた既視感はなんだったのか。
手首を見ると、座敷牢の少女が噛みついた傷がまだ残っている。赤い血のにじむ傷口に身震いしつつ、累は立ち上がった。
「ここは……?」
こじんまりとした和室だった。累の前には古風な書き物机があり、古い筆記用具が几帳面にまとめておいてある。
部屋の奥には床の間があり、満開の椿の枝を生けている。その後ろには、晒し首を描いた物々しい掛け軸が飾られていた。
累は畳を横切って歩き、窓と思わしき丸い障子の側に立つ。
「……ッ!」
障子を開け、累は息を呑んだ。
空は炭を流したように黒く、そこに赤や金の鯉や金魚が無数に泳いでいる。天頂には現実味のない巨大な青白い月が浮かび、今にも落ちてきそうに思えた。
離れた場所に見える庭先には桜が咲き、その反対側ではもみじが赤く染まっている。
そしてその庭を囲うように、鮮やかな赤い屋敷が建っているようだった。
「ここが赤匣屋敷……」
屋敷は相当広いのか、ここからでは全景を見ることができない。
呆然と赤い壁を見つめていた累の耳に、異音が聞こえた。
「……足音?」
この部屋よりもずっと上の方から、誰かが走っているような音がする。それだけでなく、なにか大きな物が床の上を動いているような音も聞こえた。
累は天井を見上げ、眉間に皺を寄せる。
「……あいつらかな」
梨沙に殴られた後頭部はまだ痛む。
累はコルセットベストからマギペンを抜き取り、それをくるくると回しながら考えた。
「一発くらい殴ってやりたいけど……でもなぁ」
梨沙にせよ空太にせよ、恐らく累よりも蒐集師としての経験は長い。
できる限り彼女達と顔を合わせないように気をつけつつ、キラを探した方が良いだろう。
ぱしっとマギペンを握りしめ、累は出口の方を見た。
「……よし」




