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蒐集少女の拾遺譚  作者: 伏見 七尾
Ⅰ.綺羅と累囚
21/58

19.

「はっ、は……っく!」

 畳の上に体を引きあげ、累は一瞬安堵する。

 しかしすぐに背後から迫ってきているものの存在を思い出し、体を起こした。

 震える手でマギペンを抜くと、階段の足板に素早く陣を描き出す。

「――【打火】!」

 鋭く声を発した瞬間、陣がバッと光を放った。同時に足板が爆ぜ、ガラガラと音を立てて古い木の階段が階下の薄闇へと落ちていく。

 先ほど六道輪で弾きあげた蓋に手をかけ、累はそれを叩きつけるように閉めた。

「はぁ……」

 蓋を両手で押さえたまま、累は深く息を吐く。

 体を屈め、冷たい木の板に耳を当ててみる。階下からはなんの音も聞こえない。階段を落としたことで、あの座敷牢の少女も諦めたのだろうか。

 そのまましばらく深呼吸をしているうちに、累の思考は徐々に落ち着いてきた。

「……なんだったんだろう、あの子」

 何故牢の中にいたのか。何故この空間にいるのか。

 そもそも、人間なのか。彼女に感じた既視感はなんだったのか。

 手首を見ると、座敷牢の少女が噛みついた傷がまだ残っている。赤い血のにじむ傷口に身震いしつつ、累は立ち上がった。

「ここは……?」

 こじんまりとした和室だった。累の前には古風な書き物机があり、古い筆記用具が几帳面にまとめておいてある。

 部屋の奥には床の間があり、満開の椿の枝を生けている。その後ろには、晒し首を描いた物々しい掛け軸が飾られていた。

 累は畳を横切って歩き、窓と思わしき丸い障子の側に立つ。

「……ッ!」

 障子を開け、累は息を呑んだ。

 空は炭を流したように黒く、そこに赤や金の鯉や金魚が無数に泳いでいる。天頂には現実味のない巨大な青白い月が浮かび、今にも落ちてきそうに思えた。

 離れた場所に見える庭先には桜が咲き、その反対側ではもみじが赤く染まっている。

 そしてその庭を囲うように、鮮やかな赤い屋敷が建っているようだった。

「ここが赤匣屋敷……」

 屋敷は相当広いのか、ここからでは全景を見ることができない。

 呆然と赤い壁を見つめていた累の耳に、異音が聞こえた。

「……足音?」

 この部屋よりもずっと上の方から、誰かが走っているような音がする。それだけでなく、なにか大きな物が床の上を動いているような音も聞こえた。

 累は天井を見上げ、眉間に皺を寄せる。

「……あいつらかな」

 梨沙に殴られた後頭部はまだ痛む。

 累はコルセットベストからマギペンを抜き取り、それをくるくると回しながら考えた。

「一発くらい殴ってやりたいけど……でもなぁ」

 梨沙にせよ空太にせよ、恐らく累よりも蒐集師としての経験は長い。

 できる限り彼女達と顔を合わせないように気をつけつつ、キラを探した方が良いだろう。

 ぱしっとマギペンを握りしめ、累は出口の方を見た。

「……よし」


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