11.
夕焼け色に染まる茶屋町を累は歩く。
石畳の道の両側には、目の細かい出格子が特徴的な茶屋が並ぶ。日中は観光客で賑わっているが、この時間帯は静かだった。
どこからか響く三味線の音を聞きつつ、累は片手の地図を確認しながら歩いた。
「……意外と、近くにあるんだよね」
赤匣屋敷の場所は、めぐると累の住む町屋の徒歩圏内にあった。
裏山へと続く坂道を登っていく。辺りの景色は古い木造家屋の並ぶ街並みから、うっそうと木々が生い茂る山道へと変わっていった。
静かな神社を通り過ぎてしばらくしたところで、目の前に野原が広がった。
「……ここか」
ぼうぼうに草が伸びた野原には、なんの建物も残っていない。だが明治の半ばまで、ここにはたしかに夜真の邸宅があったという。
寂しい草原を見回しつつ、累はコルセットベストのポケットに手を伸ばす。
取り出したのは、繊細な銀の紋様の入った黒い万年筆。めぐるからもらった箱の中身だ。
「それはマギペンという。貴女がいつも使っているペンよりずっと上等なまじない道具」
箱から取り出した万年筆を観察する累に、めぐるは言った。
「万年筆自体はまじないの補正具、インクはまじないの触媒となる。それで陣を書き込めば、より効率よくまじないを発動させられる」
「これを使えば赤匣屋敷に入れるの?」
「そう。それを使って、はざまをこじ開ける術を使えば良い。その術も教えよう」
「……いつにもまして甘いよね。なに企んでる?」
「ひどいな。頑張っている弟子に褒美をあげただけだよ」
めぐるはわざとらしく肩をすくめた後で、僅かに唇を吊り上げた。
「……まぁ、少し過激に縛らせてほしいなって」
「――あぁっ、もう!」
累は思い切り顔をしかめつつ、くるりとマギペンを手の中で一回転させた。
恐る恐る手を伸ばし、空中にマギペンを滑らせる。
「わぁ……」
累は思わず感嘆の声を上げた。
マギペンのペン先からぼうっとした光がにじみ出し、空中に淡い輝きを放つ線を描いた。光の線はしばらくの間空中に留まり、やがて端から消えていく。
「……インクを媒介にして、使い手の力を発現させてるんだ」
呟きながら、累は再び空中にマギペンを走らせる。
今度は迷いのない筆致で、虚空に淡い光の線が描き出された。累はさらに複数の曲線を描き、細かな紋様を描き出そうとする。
「――あらぁ、先客?」
「ひっ……!」
突如背後から響いた声に、累は危うくマギペンを取り落としそうになった。
振り返ると、黒いチャイナドレスに身を包んだ若い女性が立っている。金に染めた髪を結い上げ、派手なトンボ玉の簪を挿していた。
チャイナドレスの女は扇子をひらつかせつつ、物珍しそうに累を見ていた。
「それ、マギペンでしょ? もしかして蒐集師なの?」
「い、いちおうそうですけど――」
「へぇええ、すごい! こんなに若い子も蒐集やってたりするんだぁ。――ちょっと空太! こっちに来なさいよ!」
「な、なんですかぁ……!?」
チャイナドレスの女が誰かを呼ぶと、甲高い声が帰ってきた。
近くの茂みががさごそと揺れ、白いシャツを着た青年が現れた。眼鏡をかけた大人しそうな見た目で、手にはなにやら小さな箱形の機械を持っている。
青年は汗を拭いながら、息も絶え絶えといった様子で累達の方に歩いてきた。
「人使いが荒いですよ、梨沙さんったら! ボクじゃなかったら怒ってるとこです! やっとはざまが見つかりそうだったのに、今度は一体何のようで――」
「いいからいいから。あとあたしの事は梨沙って呼べって行ったでしょ――あ、あたし岡崎梨沙っていうの。梨沙って呼んでね」




