9.
累はじろっとめぐるを見上げる。
「……それで、この画家の屋敷がどうしたの」
「ん、あぁ。夜真は希代のコレクターだったって話が伝わっているんだ」
「コレクター……?」
髪を掻き上げようとしていた累の手がぴたりと止まる。
めぐるは画集の表紙を撫でながらうなずいた。
「そう。開国後、この国には様々な種類のコレクターが現れた。海外の文化を取り入れようとするもの、消えゆく日本の文物を守ろうとするもの、あるいは欲望のままに古今東西の珍品を蒐集するもの――夜真もその一人。かなりのコレクションを持っていたらしい」
「その中にキラがあるかもしれない、と?」
「というか、確実にあるだろうね。――どう、気にならない?」
突然、めぐるの声が猫撫で声に変わった。
それまで表情のなかった顔に微笑みを浮かべ、めぐるは累の頬に触れた。
その指の冷たさに、累の背筋がぞくりと震える。
「……っ」
「夜真は不老不死の研究に取り憑かれていたらしくてね……古今東西、様々な宝物を集めていたそうだ。――その中には、どれだけのキラがあると思う?」
「夜真のコレクション……」
「中には貴女の好みのものもあるかもしれない――どう、行ってみたくない?」
「……なんか、いやに煽るね。逆に先生は興味ないの? これ、元々先生が茉莉花さんから聞いたネタでしょ? なんで私に教えてくれるの?」
「弟子が可愛いから」
「嘘吐け」
「嘘じゃないよ。ただそれよりも大きな理由はね、私も夜真あんまり好きじゃないんだよね。画風というか、色々」
「私も苦手だってのに……それでその赤匣屋敷って、どこにあるの?」
累はじっとめぐるを睨んだ。
めぐるは累の頬に手を這わせたまま、薄く笑った。
「結局乗るんだ? 素直じゃないね」
「まぁ、ちょっと気になるよ。どんなコレクションなんだろうなって――そこに私の欲しい物があるかもしれないし。それで、屋敷の地図とかないの?」
「地図はある。ただ、これだけでは意味がない」
「……どういうこと?」
めぐるは累の顔から手を離すと、本棚へと歩いて行った。
戻ってきたその手には、この街の地図を持っている。めぐるは累の前でそれを広げると、地図中のある箇所を指さした。
「赤匣屋敷はここにある。だけど、普通のやり方では入れない。屋敷内にある何かのキラの影響なのか、屋敷は普段はこの世界とは違う空間にある」
「たしか……キラが異空間を作るという怪異があったよね」
「うん。その空間を『はざま』という。良く覚えていたね、えらい」
相変わらず淡々とした口調でめぐるが賞賛した。
キラは大小様々な怪異を起こす。その最たるモノが『はざま』と呼ばれる、キラが異空間を作り出してしまう怪異だ。




