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虫の音など
「清少納言さん、ごめんなさい。私の恋、終わっちゃったかもしれません」
家に帰るとすぐに自分の部屋に篭もり、パソコンを開いた。清少納言さんに謝罪の言葉を述べながら、私は『源氏物語』を書き綴り続けた。理想の道長様、現実の道長様。どちらも私にとっては道長様だけれど、今更になって、理想の道長様を思い描く事なんて出来ない。
だから一人で、私は書き続けた。道長様、道長様、愛しいよ。でもこの気持が本当に愛しくて、愛という感情なのか、私は知らない。知らない? 知りたくない? 私が何を思っているのか、私は知る事も出来ない。だから私は、一人で書き綴り続けるしかないの。
「清少納言さん、本当にごめんなさい。大人しく貴方の恋を応援しますから、裏切り者の私を、許して下さい。恋文も、一緒に彼へ届けるんだって、約束したのに」
清少納言さんに申し訳がなくて、それでも私は本人に伝える勇気もなくて、一人でパソコンを前に謝り続けていた。恋をしていた頃は止まってばかりだったのに、今は迷わず動き続ける、私のこの手が憎かった。