38/58
風の音
もう今更、理想の姿を書ける気がしない。そろそろ、光源氏も限界なのかな。途中で彼はいなくなり、主人公を変えるのも悪くない。年齢を考えたら、亡くなっても可笑しくはないでしょう。今度は理想の道長様ではなく、実際の道長様の姿でも元にしようか。
「もう時間が時間ですし、帰らないと怒られてしまいます。家に帰ったら、早速藤原先輩のご意見を参考に、続きを書かせて頂きますね」
時計を確認してそう告げると、逃げるように私は一人で帰宅した。道長様と一緒にいられる時間は幸せだし、彼とずっと一緒にいたいとも思っていた。それなのに、それなのに私は逃げ出してしまっていた。その行動が、私の気持ちを否定しているようで辛かった。
確かに私は道長様に惚れた。彼の美しい佇まいに、そして彼の織り成す詩に、私は惚れた。だけどそれは彼の全てを見るに、少な過ぎる情報だった。本当の道長様は、私が思っていたよりもずっとずっと、温かくて優しくて素晴らしいお人。もっと、人間らしかった。幻想ではなく、彼は生きていたんだ。私が追っているものとは違った。