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古き理篇 十一

 風がびょうびょうと顔にぶつかってくる。風の強さで時折マントのフードが取れ、そのたびに風の冷たさで耳が引きちぎれるんじゃないかって言う目に合う。それでも私と辰巳は筋斗雲にしがみついていた。

 辰巳は地上を凝視している。

 まだ宣戦布告は行われていないみたいで、戦火はどこにも散らばってはいない。その事に心底ほっとしつつ、まだ心臓がドキドキとしている。

 今まで散々命取られるんじゃないかって言う危機はあったけれど、戦争が始まったら、それこそ今まで知り合った人達の命が皆天秤にかけらる事になる。少しでも傾けば、あぶれた人達が死ぬ事になる。


「何だ、お前。怖いのか?」

「……そりゃ怖いよ。当たり前じゃん」


 よかれって思った事で、簡単に邑一つが滅んだ所を見てしまってるんだ。大国が采配を間違えたら、きっと小国だって簡単に吹き飛ぶ。

 ここで強がらずにそう吐き出せるようになったのは、私が成長したのか、むしろ自分が無力だって思い知らされたのか、よく分からない。

 辰巳は私の言葉に、何故か笑みを浮かべた。気持ち悪っ、何だその目は。私は辰巳とは裏腹にゲッと言う顔をしてやった。


「何よー、怖いって言っちゃ駄目な訳?」

「いや、そんな事はない。卯月がそのままでよかったと思っただけだ」

「何だソレ、こらー」

「緊張している奴が近くにいると、返って冷静になるから楽だ」

「あ……」


 辰巳がさらりと言った言葉に、私は文句が垂れ流れそうになったのを思わず飲み干した。そりゃそうだ。北都国の軍師は辰巳で、これから采配次第で私達が会った人達以上の数の命を背負わなくちゃいけなくなったのも辰巳の方だ。緊張、しない訳がない。

 何もできないから辰巳の近くにいられて、何もできないから返って辰巳が冷静になれる。何だが本当に情けない方法だけれど、一応は辰巳の役には立てていると言う事に、少しだけほっとする。何故か周りには「戦う事だけが戦いじゃない」「何もしない事で助けになる事もある」と何度も何度も口酸っぱく言われ続けた事の意味が、少しだけ分かってきたような気がした。

 筋斗雲にしがみつきつつ、仙人郷の山頂とは質の違う寒さがどんどん濃くなっていくのを感じていた。仙人郷は全体的に乾いて寒い感じがしたけれど、北都国の寒さは水分たっぷりでなおかつ寒いって言う感じ。突き刺さる冷たさ寒さは一緒のはずなのに、突き刺さる棘の種類が違うような気がする。


「……着いたら、避難勧告の指示だ」

「宣戦布告が終わったら即、戦争……だよね?」

「本当なら数日はかかるはずだけど、俺はあの女が宣戦布告して数日もくれるとは思えない」

「そっか」

「……嫌な話だが」


 辰巳は心底嫌そうに顔を歪めた。相変わらず眉間に深く深く皺を刻みつけつつ。私はじっとそんな辰巳の顔を眺める。


「……俺達はまだ、あの女の遊戯盤の上から脱出できたとは思えない」

「まだ、あの人やってくるって事?」

「あいつは自分以外は本気でどうでもいいんだ。だからこそ、平気で山を割るなんて無茶もできるし、俺達を捉えて術式を奪うって方法も大量に人を巻き込んで行える。だからきっと、山を割る口実ができたのなら加減なんてする訳がない」

「……逆に聞くけれど、向こうから宣戦布告をするってのは考えられないの?」

「本来だったら向こうからするだろうけどな。でも宣戦布告を行った側が後手に回ってしまうんだ。後手に回る事をあいつはよしとしないだろうさ」

「ひっどいの。完全に自分が中心じゃないと駄目なんて」


 そう言っている間に、真っ白な町並みが見えてきた。真綿のような湿気をたっぷりと含んだ重たい重たい雪に囲まれた国、北都国。

 既に城壁の辺りは物々しい雰囲気に包まれて、町の人達は気のせいかまばらになっていた。国に入って行った際、すれ違う人がほとんどいないし、前に泊まった宿にも人がいない事に気付く。


「これって……」

「……万里の長城の辺りでやり合うのは目に見えてるからな。万里の長城に近い住民は既に避難指示は出している」

「そっかあ……」


 だから北都国の城。ここが最後の砦になるって訳だ。

 城に入って辰巳が王様に帰還の報告を告げた後、私も軍師の部屋へと戻って行く。客人扱いの戌亥さんと子子ちゃんが私達の帰還を聞いて早速来てくれた。


「お久しぶりです、卯月さん」

「ただいまー。いやあ。頭パンパン。情報がいっぱい過ぎて何を言えばいいのか全然分かんないよ」

「だとしたら、南都国の方の目的は既に推測は?」

「今、辰巳が王様に報告に行ってるけどね。古き理の話は聞いたけど……聞く?」


 一応戌亥さんは隣人……もう正式名称知ってる訳だから、尾なしなんて言わなくってもいいわよね? に対して偏見なんて全くないだろうけど、子子ちゃんはそもそも住んでた邑を隣人に襲撃されて滅ぼされてるから、話しても大丈夫かな、と心配になる。

 でもしっかりとした声で子子ちゃんは返事をしてくれた。


「……問題はありません。私は、大丈夫です」

「割と私も全部分かってる訳じゃないよ? 多分詳しい解説は辰巳じゃないとできないと思うけど」

「いや。むしろ卯月からの説明のがいいだろ」


 あっさりとそう言ってのけたのは戌亥さんだ。それに私は思わず「うげっ」と言う変な声を漏らしてしまう。


「何でそんな重ったいプレッシャー……威圧感? そんなん吹っかけてくれるかなあ?」

「そりゃお前さん、何も知らないしなあ」

「うぐっ……」


 そりゃそうだよ。私、未だにこの世界の事本気で何も知らないし、100%理解できてるとは思えないよ! でもそれがいいってどゆ事なのか教えてもらえないかな?

 私が喉を詰まらせている間に、おろおろした子子ちゃんが「い、戌亥様!」と声をかけるのに、戌亥さんは暢気に笑った。


「だってお前さんだったら自分で分かる言葉で説明くれるだろ。俺達だってばらばらになってる事を知らされているだけだから、そもそも修業して知識を詰め込むのが仕事の仙道とは知識の量が違うさ。だから、お前さんの説明のが俺達にはありがたい」

「う……それなら、話します……けど」


 ば、馬鹿にされてるのか、関心されてるのかさっぱりと分からないけど。

 とりあえず私は聞いて来た事をかいつまんで説明してみた。

 この世界の成り立ち。宝貝を使って作られたと言う事。一番最初に作ったこの世界の住民にはそもそも尾がなかったと言う事。尾がついた人達は隣人が作り出したと言う事。そして隣人に反逆を起こした獣人により、立場が入れ替わったと言う事。その時に蔑称「ひとでなし」と言われるようになった事……そして甲さんと辰巳の考える丁の目的までを話してみた。

 戌亥さんは腕を組んで、珍しく辰巳みたいに眉間に皺を寄せるのに対して、子子ちゃんは言葉も出ないと言う感じで、両手で口を塞いでしまった。


「……なるほどな。そりゃあこの事は口外されないって訳だ」


 戌亥さんは言葉を選びつつ、唸ったようにそう言ってのけた。それに対して子子ちゃんは本当に困り果てたように途方に暮れた顔をする。

 そりゃそうか。今まで怖いって思ってた人達を虐げたのが自分達で、立場が逆転してたなんて言うの聞かされて、気分がいい訳ないもの。

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