古き理篇 十
自動反撃の僕が剥がれた所で、辰巳の理不尽な劣勢は変わる事はなかった。相変わらず甲さん自身は一切反撃はしなかったけれど、ただ緩やかに辰巳の剣の動きを読み取って避けるのだ。辰巳の剣は舞ならば、甲さんの避ける技術も舞。まるで二人で踊っているかのようだけれど、踊りにしては激し過ぎるし、カンフーアクションにしては派手さに欠ける。ただ食い入るように見てしまう位には、この二人の空気には華があった。
もちろん、これは辰巳の昇格試験なんだから、見世物のようにまじまじ見てるだけじゃ駄目だ。私は二人の動きを食い入るように見ていた。
どうして甲さんは私を試験に参加させたり、古き理の事を開示してくれたのかって言うと、これはもう答えは一つしかない気がする。
私が辰巳の僕だからだ。
もちろん私も辰巳も関係は対等な訳だし、辰巳は私をこき使うような事した事は一度もないけれど、でも。多分元の世界にいた私はこの戦闘を見ても全部を見て把握する事なんてできない。だとしたらこれは、辰巳の影響なんだと思う。言葉だって読む事はできなくってもしゃべる事や聞く事には全く困ってないのは辰巳のおかげだし。だとしたら突破口をどうにかして見つけて、辰巳を勝たせないといけない。
これは辰巳だけの試験じゃない。私の試験でもあるんだから。
剣は全て甲さんに避けられた。髪の毛一本すら切る事が叶わない。と、私はじっと自動反撃の僕を見た。それはくいくいと動きながら宝貝に地面に縫いとめられたままである。
私はそろそろとそちらに近付いてみて、「ごめんなさい」と呟いてから、その僕の上に乗ってみた。途端にビッチビッチと動き始めたけれど、やっぱり服のせいか、私が踏んづけているのから逃げ出す事はできなかった。直接的な攻撃力がなかったら反撃はできないみたいと気付き、私はほっとする。そしてそっと僕を貫いていた宝貝を引っこ抜いた。
私なんかで気を逸らす事ができるとは思えないけれど、何もしないよりはずっといい。風はびょうびょうと吹いているし、私自身ボール投げでもいい記録を出した事はないし、そもそもコントロールして自分の思い通りに物を投げるって言うの無理だけど。もしかすると万が一にも当たってくれるかもしんないじゃん。私は刃の宝貝を額に当てて祈ってから、それを一気に投擲してみせた──。
「……うん。考え方としては、悪くはないかな」
甲さんは一瞬微笑んだように見えたけれど、初めて手を出して、私の投げた宝貝を叩き落とした。そしてそれを拾うと、辰巳の方に投げようとする。
しまっ……あれって確か、影を縛られたらそのまま身動きを封じる奴……! 私が慌てて動こうとしたら、踏んづけていた僕から足を離してしまった。そしたら、動きを封じ切れなくなった僕が私に腕……って言うか袖を伸ばしてきて、私を縛り付ける。何よ! さっきまで普通の服の動きしてた癖して、体重かけなかった途端に僕面すんじゃないわよぉー!!
「辰巳……!!」
私が思わず叫んだけれど。
辰巳の笑顔を私は見逃さなかった。
「……ふん、お前にしてはよくやった方だと思う。ありがとう」
「はあ……!?」
何だソレ。私、辰巳に初めて礼なんて言われたぞ……。
私が呆然としている間に、辰巳は剣を一閃していた。本当に、本当にコンマの差で何が起こったのか、最初はさっぱり分からなかったけれど。
でも。全部思い返していて、把握した。
辰巳は甲さんが宝貝を投げつけるその最中、私が僕に縛り付けられて暴れると言うのに一瞬だけ目を取られた。その間に宝貝で影を縛り付けられるのを避けて、一気に間合いを詰めたのだ。剣の柄で、思いっきり甲さんのわき腹を突こうとしたけれど、それには及ばず甲さんは避けた……はずだったけれど。甲さんが投げた宝貝は辰巳に叩き落とされ、甲さんの影に落ちた……つまり。
縛られたのは甲さんの方だ。
「……師匠、俺の勝ちで、いいでしょうか」
「うん。そうだね。君はきちんと君の僕……正確にはちょっと違うけどね。卯月君を使って上手い事やった。合格、だろうねえ」
動きを縛られているにも関わらず、甲さんはいつものペースのままだった。それを辰巳は全く気にしちゃいないのは、もうこの二人はこういう関係なんだなとしか言えない。辰巳が淡々と宝貝を引っこ抜くと、それを再び懐に仕舞い込んだ。
「俺は別に何も指示しちゃいません。あいつが勝手にやった事を拾っただけです」
「それでいいんだと思うよ、私は。それじゃあ、君は道士から仙人へと昇格なんだから……そろそろ仙力を引き出さないといけないねえ」
「ええっと……すみません。質問だけいいですか?」
私が思わず手を挙げると、甲さんはいつものペースのまま和やかに「どうぞ」と促してくれた。
「あの、辰巳は尻尾がないから仙力ないって言ってましたけど……そもそもどうして尻尾がないと仙力がないって言うのか、意味が分からないんですけど……」
「ああ、そうだねえ。地上では確か、尻尾にこそ仙力が込められていて、尻尾が多ければ多い程仙力は強いと、こう言われているようだねえ」
「ええっと、はい。私が教えてもらったのも、そういうのです」
「確かに尻尾は多ければ多い程、仙力は使いやすくなるね。人間が足に指があるのは、昔は手のように足を使っていたから。でも、足は指がなくっても歩く事はできるよね?」
「ええっと……はあ、そうですね」
足自体が切り取られない限りは、別に足の指が何本あろうがなかろうが歩けない事はない。もちろんそんな足は痛々しくて見せられないけれど。まさかと思うけど、足の指と尻尾の数を同一視してるんじゃないでしょうね?
私が思わず怪訝な目をしてもなお、甲さんはにこやかなままだった。
対して、辰巳は剣を黙って鞘に納め、甲さんをじっと見ている。「早くしろ」みたいな不機嫌オーラを撒き散らしているのを見ると、本当辰巳って勝手って思うのと同時に、地上の事を気にしてるんだなと思う。
甲さんは辰巳の心境を分かってか分からずか、淡々と言葉を続ける。
「尻尾もそう。確かに仙力を引き出しやすくはなるんだけど、なくっても使えるんだよ。ただ、尾なしの仙力の引き出し方は、もう仙人郷でなければ方法は残ってないだけで」




