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古き理篇 八

「……師匠、どうしてあの女をここまで放置しておいたんですか?」


 辰巳の声は、いつもみたいに苛立ちはない。熱がない。むしろ冷え冷えとしていて、それはそれですごく怖く聞こえた。私は思わずビクンッと肩を跳ねさせると、甲さんはそれに対して一瞥だけ投げかけると言う薄いリアクションで返した。いや、この人はこう言う人なのかもしれないし、むしろこれは仙人郷の人達の中ではかなり温情なのかもしれない。

 山が割れかけているのに、それでも何のアクションも起こさない他の仙道の人達よりもずっとマシとは思うんだけど。

 ああ、もう! 私、マジで何も知らな過ぎて自分で自分が腹立つ! そう思いながら私は頭をワシワシとかきまぜている間に、淡々と甲さんは答える。


「古き理の一文だね。仙道の教えはたった一文しかない。「人らしく生きよ」。これをどう解釈するかは、人によるね。

 そして、あの子はああ言う風にしか生きられなかったと私は思うよ。あの子は物事に固執しないしできない。勝手にあの子の欲しいものが集まってしまうのだから、何をしても達成感が得られないんだよ。そして初めて達成感が得られそうだったのが、宝貝を手に入れる方法だったと言う訳だろうね」

「そう言う事じゃなくて。あの女がそんな事をする前に……」

「……殺してしまえばよかったと?」

「……っ、そこまでは、言ってません」

「それと同義語だろうね、先程も言ったように、あの子はああ言う風にしか生きられなかったのだから」


 何だか水掛け論と言うか、話し合いは平行線のままでちっとも交じらないような気しかしない。私が呆気に取られている間に、辰巳は返答に詰まらせながらも、丁が歩いている映像をじっと凝視していた。

 辰巳にしてみれば全ての元凶かもしれないし、火種かもしれないけれど。

 この世界自体がおかしい中で、この人が一番おかしかっただけで、この人だけが全部とは私には思えなかった。もちろん丁を庇う気には全然なれないんだけれどさ。


「ねえ、辰巳」

「……何だ」

「辰巳はそもそも、どうして竜を呼びたかったの。そもそも私を召喚したのだって、間違ってでしょう? 辰巳焦り過ぎてて、大事な所忘れちゃってない?」


 誰よりもこの山がおかしいって思ってて、それをどうにか変えたくって。今は北都国で軍師になった事で、どうにかして辰巳の願いは成就しつつあるのに。感情のままに行動なんてして欲しくなかった。私の言葉に、辰巳は再び言葉を詰まらせるように喉仏を鳴らした。


「……お前に言われなくっても分かってる」

「何だとぉ、やんのかコラァ」

「うるさい」


 辰巳からは少しだけ冷え冷えとした空気は薄れ、替わって甲さんをじっと辰巳は凝視した。映像は丁が后妃になった所が映り、それは華々しくて同時に不気味な印象を与えた。あまりにも享楽的過ぎて、とてもじゃないけれど長い事続かないような雰囲気。私が南都国に対して印象悪いせいだろうなあ……反省。

 辰巳は一息付くと、甲さんに対して口を開いた。


「師匠、俺はこの山を変えたい。少なくとも北都国の王とは志は一緒だ」

「それは、仙道を辞めて、力だけ得たいと言う事かい?」

「それは違います、師匠。俺は」


 辰巳は言葉一つ一つを噛みしめるように言い、ちらりと私を見た。私は思わず頷く。一番憤り感じて、理不尽に抗ってた人じゃん。アンタは。なら嫌なもんは嫌って言わなきゃ駄目だ。私がそう思いながら手を合わせてきゅっと結んでいると、辰巳はまた絞り出すように言葉を続けた。


「人も仙道も……尾があってもなくても、皆同じ物だと思います。そこに上下はない。だから、仙道だからと言って偉い訳ではない。

 最初から気付かなきゃいけなかったんだ。人に上下があってはいけないと。だから、俺は例え破門されたとしても一人の人として戦います」

「そうか……」


 甲さんの言葉は、辰巳が必死で熱を込めた物だと言うのに随分と素っ気なく感じた。あ、あれ……? 甲さんは指先でくるくると流れる映像を操ると、流れていた景色はあっと言う間に甲さんの指先に収束されて、すっかりとさっきまでの光景はかき消えてしまった。


「うん、まずは仙人昇格試験受験資格は満たしたみたいだね」

「……はあ?」


 私が思わず変な声を上げるのに、辰巳は目を細めて私を見た。


「師匠はああ言う人だ。お前も前にそんな会話してたろう」

「したけど! したけど! でもそれが受験資格とかの話になるとか思ってなかったし!」

「私も流石に、力を手に入れた途端に山を滅ぼすような子を仙人にする気はないよ。力はあくまで力でしかない。使い手の心を映し出すのだから、弱い力でも純粋に力をふるえば強い物になるし、逆に邪な心で使えばそれは途端に凶悪にもなる」

「ひ、丁……は?」

「あの子は仙術でああなった訳ではないからねえ」

「うはははは……」


 とことん、丁は私達の一歩二歩どころが何十歩も先を見て行動しているらしい。それじゃあ仙人郷も手の施しようがない。

 辰巳はじっと甲さんを見た後、私に囁いた。


「……試験中は危ない。俺の後ろから出るな」

「そりゃ出ないけど。でも仙人昇格試験って何すんの。さっきみたいな口答試験……じゃないよね、やっぱり」


 辰巳はようやく落としていた膝を上げると、立ち上がった。甲さんは何も構える事はなく、ただ悠然と辰巳を見ている。

 ああ、試験って。


「それじゃあ、かすり傷でも何でも、一本私に当てられたら、合格だ」

「俺のものは全て使っていいんですね?」

「もちろん」


 ああ、やっぱり。私は思わず辰巳の背後にぱっと入ると、辰巳は右拳を左手に当て、礼をする。


「どうぞ、よろしくお願いします」


 すぐに挨拶は終わり、腰の剣を引き抜いた。

 試験って、試験って……どうしてこうも物理的なのよ。私は思わず細い溜息をついた。

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