表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/113

古き理篇 三

 まだ陽は昇っておらず、世界は分厚い雲と雪で覆われていた。

 マントは王様が私達が仙人郷に戻る旨を説明したらいい品をくれたから、万里の長城を行軍した時の薄っぺらいものよりも随分と分厚くって、これだったら何とかなりそうだった。


「はあ、あのお前の師匠さんになあ……」


 戌亥さんと子子ちゃんに仙人郷に戻る事を言ったら、戌亥さんは甲さんの捉えどころのない言動を思い出したらしく、顎をしゃくって首を捻っていた。子子ちゃんは初めて聞いた名前に首を傾げていた。


「どんな方なんですか?」

「俺も仙人郷の仙道にそんなに何人も会った訳じゃないが……よくも悪くも仙人らしい人だと思ったかな」

「……仙人らしくない仙人とは?」

「そりゃそっちの怒りっぽいのとか、あっさりとどこぞの女に寝返った宝貝使いとかだな」

「悪かったな」


 辰巳は目を思わず細めてそう言い返したが、ひどく怒っている印象ではなかった。

 ああ、やっぱり丁や丁の部下らしい人達はこの世界出身の戌亥さんから見ても仙人らしくなかったんだなあと思ってみたり。いや、あんな色気むんむんの人が仙女のテンプレートだと言ったら、仙人郷は一体どんな場所なんだって話になってしまう。いかがわしい場所では全然なかったのに。


「それにしても、古き理の真相って言うのを聞くのが、あの女の目的を突き止めるのに必要って言うのがなあ……」


 戌亥さんがそう言いながら唸る。

 丁を「あの女」呼ばわりなのは、いくら北都国が南都国と敵対しているからとは言っても、丁は南都国の妃だ。だから、あの人の名前を上げるのはたばかられたのだ。もし仙女に南都国が乗っ取られたみたいな話になってしまったら、宣戦布告が早まってしまうから、丁の目的を探る前に大惨事が起こってしまうから。

 戌亥さんの疑問とも感想ともつかない言葉に、辰巳は相変わらず眉間に皺を寄せつつ答えた。


「あの女の行動には理由はない。でも目的はあるんだ」

「性格破綻者って事か?」

「そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。俺もあの女が何を考えているのかの把握はできていない。だから知る必要がある。

 それが戦争を早期終結にできるのなら、尚の事な」

「そこまで大層な事になるのか……」


 戌亥さんは大げさに肩を竦めつつも、心底楽しそうな色を浮かべた。対して子子ちゃんは困ったような顔をして、私を見上げていた。


「あの、本当に、万里の長城を壊さなくっても戦争を終わらせる事が、できます、か?」

「……できればそうだと嬉しいよね。私だってさ、万里の長城の人達にはお世話になったもん。あそこが壊れちゃうのはなるべく避けたいよ。辰巳も色々考えてるんだろうけど私だったら手伝うのさっぱりだし、あの人の思考を読めって言うのも全然だけどさ。でも、多分。私も手伝える事あるんじゃないかなって思うんだ。……相変わらず足しか引っ張ってない気がするけどさ」


 私がぽりぽりと頭を引っ掻くと、子子ちゃんは控え目な笑顔を浮かべて、軽く首を振って見せた。


「……卯月さんはそれでいいんだと思います。前にも言いましたが、何かができるって言う事が必ずしも手伝いができるって言う訳じゃないと思いますし、できないからと言って卑下するのはやはり違うと思います。

 卯月さんは、卯月さんの方法で辰巳さんの力になっているんだと思います」

「そっかあ。そっかあ……そうだと嬉しいなあ」


 私はたははと笑っていた。

 こうして二人に告げてから、二人でマントを着た。

 城から出た後、ようやく辰巳は竹簡を取り出して、それを広げて筋斗雲を出した。筋斗雲はくるくると回って私達を乗せてくれた。気のせいか温かい。雲って私の世界だったら水蒸気の塊だけど、甲さんも筋斗雲を「僕」って言ってたから全然違うものなんだろうなあって思う。

 しゅるしゅると高さが昇っていくと、そのまま筋斗雲は空を昇っていった。白い町並みはどんどんと遠ざかり、気付けば全然見えなくなっていた。

 同時に今までは寒さのせいであまり感じなかった匂いがツンとする事に気が付く。広がる雲からは、潮の匂い。

 ああ、そう言えば空の上に海があるんだっけ、といつか言っていた辰巳の説明を思い出す。

 ……ん、海?


「あのさ、辰巳。私達これから仙人郷に行くんだよね?」

「そうだが、何今更言ってるんだ」

「海! あのさ、海をどうやって超えるの!?」

「前も海を抜けて地上に降りただろ……」

「あの時は! 私寝てたから覚えてない! どうやってこれ、突破するの!?」

「うるさい、卯月。もうちょっとだから」

「もうちょっとって……!?」


 むわり……と濃い潮の匂いを鼻にした。顔全体が塩漬けになったんじゃないかって言う位、塩味の湿気が身体にまとわりつく。って、もしかしてこれ……海?


「何これ……」

「海だろ」

「あれ? 私の知ってる海は、大きな水溜まりで……」

「……俺の知ってる海は、この潮の匂いのする雲だぞ。ほら」

「え? わあ……」


 見ると雲の間を魚が泳いでいるし、海藻だって生えている。皆雲を泳いだり落ちたりしないのだ。でも変なの。雨で一緒に流されないのかしら。


「雨で全部落ちたりしないの?」

「そんな事になったら、この山が洪水で崩落するだろうが」

「え? そう?」

「この雨を溜めて皆が生活してるんだから、当然だ」

「うひぃ……」


 久々に感じた、このお国柄の常識違い。私の常識がこの世界だと通じないけど、だんだんそんなもんだと思っていたから、久々にガツンと来たこの感覚はたまらんと私は思わずうならずにはいられない。

 やがて。

 筋斗雲は海を突っ切った所で、再びひんやりとした空気を感じた。

 北都国よりは温かいとは言えども、高山の上が温かい訳がない。私はマントの裾をぎゅっと掴んだ。

 何だか見覚えのある岩だらけの場所。


「うわあ、仙人郷……だよね?」

「ああ」


 私の旅のスタートラインで、こうしてまた来る事になったのかと思うと、何だか変な気分になる。筋斗雲はゆるゆると再び昇っていった。

 目指すは、甲さんの洞。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ